2014年01月31日

雑誌『郵趣』の貧困

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日本郵趣協会の機関誌『郵趣』2月号が届きました。GANはいつも一見後、雑誌・段ボール回収日に出しています。保存に足る記事が無いのにスペースばかり取るからです。雑誌の生命である今日性や文献の本質と言うべき資料性の貧しさについては、別の日に譲りましょう。とりあえず、今号ですぐ目立つ不満の上位3点について述べます。
 
1、コンテンツがトピカルないしテーマに偏している。目次(画像=クリックで拡大できます)の上で大小31本の記事があるが、郵便史を内容とするものは、なんとゼロ本!! 編集者は郵便史という分野の存在を知らないか、少なくとも郵便史コレクターは無視して構わない、と考えているのではないか。90年代初頭までの水原明窗理事長存命時代との最大の違いはこの点だろう。

2、協会(あるいは編集部)と会員・読者との双方向性の考えに欠ける。読者が参加できるのは「読者のページ」の「おたより」と「ひとことミニトーク」だが、分量は全80ページの内わずかに半ページだけ。会員・読者の声を取り入れようとする姿勢が端から無い。記事は一方的に協会当局(あるいは編集部)から与えられるものだろうか。「機関誌」の名が泣きそうだ。

3、旧態依然のアナログ紙面に淫している。社会全体がデジタル化、IT化しているのに、紙面からはPCもろくに触らない団塊かそれ以前世代の匂いふんぷん。この世の中にはネットというものもある。連携・利用を図る努力をしているのだろうか。若者の郵趣離れを嘆く前に、取り入れるべき方向をこちらから模索しなきゃ。

編集部を監督する立場(と思われる)の出版委員会のお歴々の名前が巻末に毎号載っていますが、この人たちって、お飾りなの? 協会は会費(=購読料)値上げを決めたそうです。7,000円を払ってまで読みたい記事が今後は期待できるのか。購読していれば郵趣界の動向はすべて分かるか、収集のヒントが得られるか――。GANは悩んでいます。
posted by GANさん at 11:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑観・雑評 | 更新情報をチェックする

2014年01月30日

上海事変の「能登呂」

NOTORO.jpg上海事変に出動した水上機母艦「能登呂」のカバーをごく最近、GANはヤフオクで入手しました。

1932(昭和7)年1月の中国・上海。満州事変への反感から中国民衆による日本僧殺害事件が起き、日中は一触即発の状態となりました。海軍は1月21日、救援のため2等巡洋艦「大井」に呉鎮特別陸戦隊1個大隊を乗せ、第15駆逐隊とこの「能登呂」を付けて上海に急派しました。

事件は1月28日に上海駐屯の日本海軍陸戦隊と中国第19路軍との本格的な交戦=上海事変に発展。日本は陸軍部隊3個師団半を派遣し、上海に第3艦隊を新設するなど、日中は開戦寸前にまで進んでしまいます。幸い、5月5日に停戦協定が結ばれ、この時は5年後の第2次上海事変のような全面戦争には至らずに済みました。

第一陣で駆けつけた「能登呂」は1月24日に上海着、29日に呉淞に移ってさっそく水上偵察機部隊が中国軍への爆撃を開始します。2月2日に第3艦隊が新編されると長官直率となり、9月1日に旅順要港部に編入されるまで「能登呂」は上海方面に碇泊し、偵察、攻撃の両面で陸上部隊を支援しました。

上海事変での無料軍事郵便は2月19日から適用され、3月10日に3艦隊旗艦「出雲」艦内に第1海軍軍用郵便所が開設されました。この封書は3月20日に上海で発信され、内地に帰港する輸送船などに託されたと思われます。27日に軍事郵便直接交換局の佐世保局で引き受けられています。

同じ上海にいたはずの「出雲」の郵便所に持ち込まなかった理由、上海から佐世保まで1週間も費やした理由は不明です。発信者は「能登呂」艦長、受信者も「朝日」艦長です。
posted by GANさん at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍事郵便(海軍) | 更新情報をチェックする