2014年07月01日

1ヵ月がかりの震災見舞状

台中.JPGTAICHU-2.jpg台湾・台中から東京に宛てた平凡な分銅はがきですが、裏面通信文を読むと関東大震災の見舞状で、必ずしも「平凡」ではなくなります。今日到着したヤフオク落札品です。

引受は台中局大正12(1923)年9月24日。東京市芝区愛宕町に宛てられています。芝区は震火災の被害はほとんど受けずに済みました。このはがきもあちこちに転送されたりせず、10月4日に配達されたことが受取人が押した赤色スタンプから分かります。

通信文は印刷されていて、何と、9月3日の発信です。引受印が押されて逓送ルートに乗るまでの3週間、このはがきはどうしていたのでしょうか。それとも、「9月3日」は何かの間違い?

実は、同じ9月3日、逓信省は生き残ったわずかな電信線を通じて、各地方の逓信局に「被災地宛て郵便物の引受停止」を指示しています。この指示は数日の時間差はあっても、末端の郵便局に伝わり、東京・横浜方面行き郵便物はすべて止まりました。

このはがきは、恐らく逓信省指示以前に受け付け、台中局の独自判断で引受印を押さずに局内で保管を続けたと見られます。日付印を押し、あるいは押さずに、付箋により差出人に返した例なども見られます。対応は地方により各局によってまちまちでした。

ようやく被災地の郵便が復旧した9月22日、逓信省は地方から被災地に宛てた特殊取扱としない第1、2種郵便物に限って引受再開の指示を出しました。これ以前にも、途中の局で滞留していた東京向け郵袋は鉄道の復旧などに伴って徐々に逓送していたようです。

内地と植民地では指示の伝わり方に時間差もあったでしょう。台湾逓信局に「再開」指示が伝わったのが9月24日になり、台中局で即日引受印を押して内地宛てに差し立てたと考えることもできそうです。この種の滞留後配達郵便物は内地では見られますが植民地からの例は少なく、まだ実態が明らかになっていません。

いずれにせよ、差出人が発信してから名宛人に届くまで約1ヵ月がかり。事故郵便物を別としたら、日本国内では最長時間記録になるかも知れません。
posted by GANさん at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 関東大震災 | 更新情報をチェックする