2014年02月05日

青島局の海軍有料使用例

金剛_02.jpg金剛_01.jpg第1次大戦終了後、中国山東省・青島に入港中の第1艦隊巡洋戦艦「金剛」の乗組員が発信した分銅はがきです。日本の青島局機械印「青島 11.6.26」で引き受けられています。最近入手しました。

大戦後の世界秩序を調整するワシントン会議に参加した日本は、アメリカと巧みに組んだ中国に大きな譲歩を強いられます。山東省からの撤兵と施政権返還、在中国外国郵便局の撤廃もその一つ。隣国の日本は他国に比べ断トツに多い42もの郵便機関を置いていました。世界情勢の流れを解読できなかった日本外交の完敗です。

日本はドイツ領膠州湾租借地を攻略した余勢でドイツ資本の膠済鉄道(山東鉄道)まで占領します。沿線に駐屯する青島守備軍の兵士には無料軍事郵便が適用されていました。1921(大正10)年4月、撤兵のための兵力縮小を機に無料軍事郵便は廃止されます。残存した少数の部隊は月に2枚の軍事切手制度に切り替えられました。

これ以前、青島に入港する海軍の艦船は青島野戦局や後身の青島局を通じて無料軍事郵便を利用できていました。しかし、以降は青島局で切手やはがきを買って普通郵便として差し出さなければなりません。

もともと艦船の入港は少ないのに、有料となったうえ、さらに22年12月には青島局自体が廃止されます。故に、機械印は別に、このような有料になってからの海軍の青島局使用例は極めて少ないであろう、と考えます。GANだけの密かな逸品です。ウォッホホーン。
posted by GANさん at 16:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍事行動 | 更新情報をチェックする
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