2014年02月22日

日露戦争の軍事郵便貯金

SAVING-1.jpgSAVING-2.jpg日露戦争に従軍した兵士が利用した軍事郵便貯金の通帳です。兵士は第8師団患者輸送部の所属でしたが、復員後も居住地の山形県に住居変更をして継続使用しています。最近のネットオークションで入手しました。

通帳は特別に調製されたものではなく、明治37(1904)年6月印刷局製の通常の「郵便貯金通帳」がそのまま流用されています。記番号は「軍れ00697」で、「軍」を冠記することにより、一般口座と区別したようです。口座所管庁(受持管理所)は下関郵便為替貯金管理支所となっています。

この兵士は38年7月17日に第2軍第9野戦局(営盤)で通帳を交付され、その日も含め戦地で3回、合計35円の預け入れをしています。3回目は第2軍第14野戦局(宗家黄地)でした。3回とも野戦局の郵便用日付印が押されています。復員後は記番号が「軍」のない「み00027」に切り換えられ、地元の山形県松嶺局で利用されています。

軍事郵便貯金は軍事郵便為替と共に日清戦争で導入されました。日露戦争では37年2月6日に逓信省令第7号で「軍事郵便為替貯金規則」が定められ、実施されています。取扱局所が野戦局や艦船郵便所という特殊性はありますが、制度としては一般の郵便貯金と格別の相違はありませんでした。

兵士が戦地で支給された俸給を預けたり、留守宅への送金が主な目的でした。戦地で現金を持たされても使途はほとんどなく、保管・所持には問題も生じたでしょう。軍当局としては、内地との間の現金送受を相殺減少させる効果もありました。

三井高陽・増井幸雄氏『世界軍事郵便概要』によると、日露戦争の軍事郵便貯金は5万3千人が利用し、預入額は190万円に達したといいます。これだけ利用があったのに、使われた通帳の現物はこれまで知られていませんでした。今回の通帳は、軍事郵便貯金が確かに実施されていたことを示す好資料だとGANは思っています。
posted by GANさん at 17:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 為替・貯金 | 更新情報をチェックする
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