2014年02月25日

富士山頂の御殿場局分室

FUJI.jpg御殿場局臨時富士山頂分室で開設初日の昭和23(1948)年7月10日に引き受けられた封筒(右画像=クリックで拡大できます)です。荒井国太郎氏が分室にオーダーキャンセル(下画像)を依頼し、その返信用として同封されたものと思われます。荒井氏が亡くなってしばらく経ってから、地方のオークションに出品されました。

たかが古封筒1通の由来をつべこべと述べる理由は、臨時分室のエンタイアはこの1通しか知られていないからです。実逓便が出現しないので、電信専業の分室だと思われていました。これが現れて、初めて郵便を扱っていたことが分かったのです。

富士山局は1906(明治39)年に開設された季節(定期開設)局ですが、戦前はいつまで開設されていたのか、資料がありません。富士山局収集の権威・長田伊玖雄氏のご教示によると、富士登山は戦争のため1942(昭和17)年夏限りで禁止されました。戦前の開設はこの年が最後と考えられるそうです。

FUJI 2.jpgこの分室は従って、富士山で6年ぶりに再開された郵便施設ということになります。この年は臨時分室でしたが、翌1949年夏からは富士山頂局として毎年開設されています。

この年は山開きに合わせて7月15日に富士箱根国立公園切手(第2次)が発行されました。富士山頂局で引き受けられた初日カバーもよく見られます。

富士山局は開設翌年からずっと山頂の浅間大社奥宮の隣に開設されています。富士山8合目以上は浅間大社の境内地で、法的には静岡・山梨両県いずれにも帰属しません。しかし、慣例的に浅間大社奥宮の場所は静岡県富士郡と駿東郡の最北・最西端として扱われてきました。だから、富士山局は「駿東郡」収集の範囲内だ、とGANは(強引に)考えています。

追記(2016.09.06) その後、逓信公報を調べていて、富士山局閉鎖の告示が出ていることに気が付きました。次の通りです。
昭和18年6月28日告示第757号(6月29日付逓信公報第4896号登載)
 左記郵便局ハ当分ノ間閉鎖ス 富士山北郵便局、富士山郵便局
結果として昭和17(1942)年夏の開設が最後となりました。長田氏ご教示の通りです。

ちなみに、この告示では富士山局の位置が御殿場ではなく、「富士郡富士根村大字粟倉」となっています。GANの主義主張と異なる「不都合な事実」なので、ここだけ無視することとします。
posted by GANさん at 12:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 静岡県駿東郡 | 更新情報をチェックする
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