2014年02月28日

旅順海軍にも軍郵適用か

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満州事変は関東軍が謀略で始めた、陸軍だけの戦争でした。海軍は基本的に関与していません。だから、1931(昭和6)年11月に無料軍事郵便を適用するに際し、逓信当局は「海軍ニハ適用サレザル義ト…」と繰り返し表明しました。

ところが、最近入手したこのはがき(画像=クリックで拡大できます)はれっきとした軍艦からの軍事郵便です。満州事変の野戦局、奉天局第5分室で昭和8(1933)年7月8日引受の日付印があります。

この時期の海軍無料軍事郵便は、これが初出です。海軍にも適用が拡大されたのか? 確実な資料は未見で、使用状況から帰納的に推理するしかないようです。

まず、差出アドレスの「淀」は、砲艦兼測量艦です。33年4月の第2遣外艦隊の廃止で旅順要港部に転属したばかりでした。7月上旬の「淀」に格別の戦闘歴はなく、旅順在泊か華北沿岸を通常の警備中だったと見られます。

引受局の奉天局第5分室は綏中に開設されていました。山海関から錦洲を経て奉天に向かう関外鉄道(奉山線)沿線の都市で、渤海湾に面してもいます。あるいは、沖合に碇泊した「淀」から小汽艇で上陸し、陸軍の野戦局を利用できたかもしれません。

前年の上海事変以来、上海と長江(揚子江)方面の海軍には無料軍事郵便が継続して適用されていました。それとのバランスで、華北に出動した艦艇にも拡張された可能性があります。仮にそうだとすると、対象は要港部の警備艦艇すべてでしょう。他に「平戸」「神威」「常磐」と第14、15、16駆逐隊が所属していました。

――以上は、現状では単なる「推理」です。もっと多くの使用例の出現を待ち、さらに検討を加えたいと思います。
posted by GANさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍事郵便(海軍) | 更新情報をチェックする
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