2014年03月01日

国際郵便を大阪に回送

SAPPORO-1.jpgSAPPORO-2.jpg先週末に大阪で開かれたオークションの落札品が、今日ゆうパックで届きました。11ロットに参戦して4勝7敗でした。とは言え、本命3ロットはすべて落とし、満足しています。その3点を順にご紹介していきます。

この封書(画像=クリックで拡大できます)は関東大震災の直後に札幌からフランスに宛てた書留便です。表面に外郵料金として計20銭、裏面に書留料金計10銭が貼られています。

札幌局引受印は大正12(1923)年10月10日。「書留」表記は商品の売価表示用レッテルで代用し、書留番号は墨書きされています。書留番号器や書留ラベルを切らしていたようです。

札幌局はまた、裏面に貼られた切手の押印を漏らしていました。外国郵便交換局として処理した大阪局が1923年10月15日の欧文印で抹消しています。いずれも震災後のドサクサぶりの表れと見えます。

この時期は震災で横浜局が壊滅し、交換局の機能を失っていました。横浜局で処理すべき国際郵便物は神戸局に転送され、神戸港から北米航路や欧州航路船に搭載されました。この封書も東京や横浜を回避してはるばる大阪に送られ、さらに神戸局に逓送されたとみられます。

関西や九州方面からの国際郵便なら受持交換局は神戸や大阪なので、震災の前後を通じてKOBEやOSAKAの欧文印があるのは当然です。関東や東北・北海道からだと平常時は受持交換局のYOKOHAMAやTOKIOの欧文印です。この封筒のように、北海道から出されたのにOSAKA印を持つのは、大震災直後だけの特殊例でした。

横浜局が外国郵便交換局の機能を回復したのはいつか、明確な記録は見つかっていません。しかし、10月半ばごろであろうことがエンタイアから推定されています。10月20日には国際郵便物の神戸転送を取り止め、横浜局に復する通知も出されました。従って、この封書は横浜を回避した国際郵便として、最末期の使用例になります。
posted by GANさん at 19:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 関東大震災 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください

この記事へのトラックバック