2014年03月04日

外信料金適用の軍艦郵便

HASHIDATE.jpg巡洋艦「橋立」乗組みの少尉候補生宛て軍艦郵便です。外信用4銭の薄墨連合はがきで江田島局1906(明治39)年5月13日に引き受けられています(画像=クリックで拡大できます)。左下の薄い欧文印は長崎局5月14日のようです。

「橋立」は「松島」「厳島」と共に「三景艦」と呼ばれて親しまれ、日清戦争で大活躍しました。その後は第一線を退き、少尉候補生の練習航海などに使われました。このはがきも、練習艦隊に加わって航海中の「橋立」に宛てたものです。艦隊は海軍兵学校第33期生を乗せて豪州方面に向かっていました。

軍艦郵便とは、外国にある海軍艦船と本国の間に発着する郵便物を閉嚢に納めたままで逓送して受け渡す万国郵便連合(U.P.U.)の制度です。例えば1906年のローマ条約では第15、26条に「軍艦ト交換スル閉嚢」として規定されています。日本ではこの海兵33期の練習艦隊が出航する1906年2月に、1897年ワシントン条約に基づいて初めて実施されました。

この制度で、軍艦から差し出す郵便には内国料金(封書3銭、はがき1.5銭)が適用され、日本から軍艦宛ての郵便には外信料金(封書10銭、はがき4銭)が適用されました。軍人は優遇するが民間人にはその必要がない、という考えでしょう。翌1907年の海兵34期の南太平洋方面練習航海でも同様でした。

1908(明治41)年になって、軍艦宛ても内国料金に改められ、発信も受信も内国料金で統一されました。国際郵便物なのに内国料金という珍しい制度です。したがって、このはがきのように軍艦宛てに外信料金が要求されたのは1906、7年の2回だけだったことになります。

軍艦郵便に内国料金が適用される根拠について、佐々木義郎氏は「軍艦は治外法権を有するので、外国の領海に於いても自国の統治に服する」からだとしています(カナイ・スタンプレーダー79年9月号所載「船と郵便(6)」)。しかし、これは事実誤認です。軍艦といえど他国領海では(軍艦閉嚢にしない限り)その国の料金率・切手で郵便料金を払わなければなりません。

軍艦郵便の根拠は、前述したようにU.P.U.条約の特別規定です。U.P.U.非加盟国には適用されないし、加盟国軍艦であっても非加盟国に入港中だと適用されません。非加盟国(とその軍艦)には閉嚢を輸送すべき国際逓送路が利用できないからです。

佐々木氏はまた、この論考の中で「軍艦郵便は常に平時での扱いであり、これが戦時であれば軍事郵便になる」とも述べていますが、これも誤りです。戦時中に軍艦が同盟国や中立国に入港して軍事郵便を引き渡そうとしても、入港先の国は受け取らないでしょう。その国の切手で料金を払っていない無料(軍事)郵便物など引き受ける義務はないからです。

そもそも、軍事郵便の逓送を外国に委ねること自体が基本的にあり得ません。軍事郵便物が外国の手で密かに開封・解読されたら、軍事秘密が漏れ大打撃を受け兼ねません。軍事郵便は自国の逓送路が存在する範囲内でしか実施できないのです。

逆に、戦時といえども、同盟国・中立国に入港中の軍艦から閉嚢(軍艦郵便)の引き取り要求があれば、その国は引き受けて逓送する義務があります。このような軍艦郵便の特異性は、軍事郵便の本質を理解する上でも極めて重要だとGANは考えます。
posted by GANさん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍艦郵便 | 更新情報をチェックする
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