2014年03月10日

蒙彊からの最初期郵便

KALGAN2.jpg日本軍占領下の中国・内蒙古(=蒙彊)張家口から山形県に宛てた孫文2.5分はがきです(画像=クリックで拡大できます)。引受印は中英バイリンガル表示の局名で萬全(張家口)、WANCHUAN(KALGAN)、日付は民国27(1938=昭和13)年2月15日です。

この時期の蒙彊は激動の渦中にありました。日中戦争開戦直後に関東軍が察哈爾作戦を発動し、察哈爾、河北、山西省に及ぶ長城線沿い北側をすべて占領してしまいます。「満州国」防衛のため、蒙彊と華北の北部地域を勢力下に置くのが狙いでした。

関東軍の蒙彊占領地には察南、晋北、蒙古聯盟という傀儡の自治政府が次々と組織され、3政府は合同で蒙彊聯合委員会を構成していました。37年10月20日には域内の郵政統合に向け張家口に郵政管理処が開設され、同年末には満州国への郵政委託も廃止されます。日本軍の下で独自郵政を実施する基礎が整いました。

日本による中国占領地郵政がいつから開始されたかは議論があるでしょう。蒙彊で満州国郵政が(表面上は)撤退した38年1月初頭からとすべきだというのが、GANの考えです。中国占領地専門家の間では華北6区加刷(「5省加刷」と蒙彊加刷)切手発行の41年7月から、が通説のようですが、それは一つのイベントに過ぎません。

蒙彊以外の華北と、華中、華南で占領地郵政が開始されるのは更に後のことになります。それぞれの始期については、別の機会に詳しく考察したいと思います。

このステーショナリーは、表面上は料金も日付印も、恐らくは逓送路も旧中国郵政のままです。しかし、国際郵便なのに宛名に「日本」を書かず、いきなり「山形県」としているのは、実は異常です。扱う職員が既に旧中国郵政から日系に切り替わっていることを示唆しています。これこそ占領郵政の表徴です。

このように見てくると、このはがきは蒙彊郵政の最初期使用例であり、中国占領地郵政として最初期の郵便と言って差し支えないと思います。
posted by GANさん at 23:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 中国戦区 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
山形県で日本と理解する局員は日本人だと思いますが葉書を出した人もその時期には山形県だけで届くと理解していたのでしょうね。
それにしてもこのはがきを探し出すGANさんの眼力はすごいですね。
Posted by アラベスク at 2014年03月11日 09:47
入手は偶然で、そんな大げさな話ではありません。でも、中国から日本への束ものを見る時は、いきなり県名を書いてあるものに、つい注目してしまいます。
Posted by GAN at 2014年03月11日 10:14
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