2014年04月03日

中支風景印の航空実逓便

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日中戦争期の軍事航空郵便です。田沢30銭切手が「上海野戦局 13(1938)年4月19日」の風景印で抹消されています。この風景印自体は記念押印として残っているものが多く、ありふれていますが、通信日付印として実際に使われた例は非常に少ないと思います。かなり以前に入手した品です。

華中の野戦局で使われた、いわゆる「中支野戦局風景印」の性格については、これまでいろいろと論じられてきました。郵便用の通信日付印か、単なる記念スタンプに過ぎないかの問題です。局名や日付とは無関係に各野戦局にセットで置かれ、来局者が自由に押捺できた、という使用実態が分かってきたからです。

この風景印が押された軍事郵便はたくさん見かけます。しかし、本来の通信日付印として使われたことを証明できる使用例はまず見られません。軍事郵便は無料であるため本来的に日付印を押す必要がなく、たとえ発信地や日付が合っていても引受印であるとは言い切れないからです。

上海派遣軍野戦郵便長を務め中支風景印を企画立案した佐々木元勝氏を70年代に四谷三丁目の事務所にお訪ねしたことがあります。この風景印は正式な通信日付印として調製されたものか、どうか。GANはかなりしつこくお聞きしたのですが、佐々木氏の返答はあまり明確でなく、どっちとも取れそうな印象でした。

さて、この封書ですが、「上海野戦局」というものはなく、上海にあった第42野戦局で引き受けたと思われます。局員は航空郵便の引受を証明し、航空料金として貼られた30銭切手を抹消するのに正規の「第四二野戦/★★★」櫛型印でなく「上海野戦局 市政府」の風景印を使いました。

この風景印がとくに問題を起こした様子もないことは、福島県平局13年4月22日の到着印が正常に押されていることからもうかがえます。押捺した局員を始め、取り扱った職員の間でこの風景印は通信日付印の一種であるという共通認識があったからでしょう。「一般的には記念スタンプだが、通信日付印として使われることもあった」と考えてよいと思います。
posted by GANさん at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍事郵便(陸軍) | 更新情報をチェックする
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