2014年04月04日

ラバウルの最初期陸軍部隊

TATE.jpg太平洋戦争中に陸軍兵士から発信された、「横須賀局気付ウ109 楯第8423部隊」という極めて特異なアドレスを持つはがきです。きょう到着した落札品です。

この部隊は第55師団(楯)所属の輜重兵第55連隊(8423)です。55師団はビルマに派遣されました。

さて、「極めて特異」とは何かというと、陸軍の部隊なのに「ビルマ派遣」とか「比島派遣」といった派遣方面の表示がなく、その代わりに「横須賀局気付ウ109」という海軍のアドレスを記していることです。陸海軍ハイブリッドのアドレス表記です。

海軍軍事郵便で、「片仮名+数字」のセットが「○○局気付」の次にあれば所在地を、さらにその次なら部隊名を表します。「ウ109」の所在地は千島の択捉島ですが、いかなる「楯」部隊の戦歴も千島とは無関係なので、これには問題がありそうです。

仮に「ウ109」が所在地でなく部隊名だとすると、第10海軍軍用郵便所第10派出所を意味します。この派出所はラバウルに置かれていましたが、1942(昭和17)年10月にラバウルに第12軍用郵便所が開設されたため廃止されました。

このはがきはいったい、千島から出されたのか、真逆方向のラバウルか。それとも、やはり55師団主力が派遣されていたビルマからなのか--。

じつは開戦前、55師団の歩兵144連隊を基幹とする大本営直轄の機動部隊「南海支隊」が編成されていました。支隊の本来の目的は開戦直後の米領グアム島攻略ですが、攻略後は海軍のラバウル占領に協力する任務も与えられていました。師団の各兵種ごとに中隊・小隊単位の小部隊が抽出され、南海支隊に編入されていました。

その抽出された小部隊には輜重兵55連隊第2中隊も含まれていました。このはがきの差出人がまさにその中隊員で、本隊と別れて南海支隊に加わっていたのです。前問の正解は「ラバウル」。このアドレスは「ラバウル所在の陸軍楯部隊」を意味することになります。

海軍はもちろんですが、陸軍も「太平洋は海軍の縄張り」と決めつけていました。開戦前の陸海軍中央協定でも、太平洋の島嶼防衛は海軍の担任と明記されています。陸軍は小部隊を太平洋に派遣するにしても短期・臨時の措置として補給は海軍任せ。軍事郵便のアドレス表記などにはまったく無関心でした。

1942年夏のガダルカナル島戦以降、ソロモン、ニューギニア方面へ陸兵の逐次投入が続き、第17、18、19軍と第8方面軍が新設されます。43年1月末にようやく「南海派遣」という派遣方面が設けられました。それより前、42年夏ごろまでにラバウルに到着した陸軍諸部隊に短期間だけ「間に合わせ」でこの特異なハイブリッド表記が適用されたのでしょう。

南海支隊はポートモレスビー攻略作戦に転用されますが42年9月に失敗、ラバウルに戻って43年5月に解隊されます。生き残り兵員は55師団主力を追及し、43年10月にビルマで2年ぶりの合流を果たしますが、その数はわずかでした。
posted by GANさん at 18:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍事郵便(陸軍) | 更新情報をチェックする
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