2014年04月16日

ユダヤ人の赤十字通信

JUDICA 改.jpg第2次大戦末期に中国・天津からパレスチナのエルサレムに宛てた赤十字通信です。イスラエル国はまだ生まれていず、当時はイギリス委任統治領パレスチナでした。近年のeBay落札品です。

赤十字通信は第2次大戦中に赤十字国際委員会(スイス・ジュネーブ)が実施した簡易な無料通信制度です。表面が往信、裏面に返信を書き込む1枚紙が使われ、封筒には入れません。

「人道物資」として交戦国・中立国を問わず無関税で発着、通過できる赤十字の特権により国際輸送されました。俘虜郵便と似ていますが、郵政機関とは無関係に赤十字が実施するので、郵便ではありません。

この赤十字通信は1945(昭和20)年4月12日に日本軍占領下の天津で発信されました。日本軍天津防衛司令部が検閲(上部左側の赤色角印と中央部右側の認印)して在天津スイス領事館(中央部右側の黒紫色丸印)に引き渡され、国際赤十字の上海代表部(上部右側の紫色楕円印)に送られています。

ここから先の輸送路は不明ですが、おそらく陸路をソ連、トルコ経由でスイスの国際赤十字委員会本部に運ばれたのでしょう。中央部左側の不鮮明な赤色丸印と日付印は国際赤十字のパレスチナ代表部に45年9月26日に到着したことを示すようです。

国際赤十字本部の到着印が見当たりませんが、受取人には届いているようです。しかし、裏面返信部は空欄のままで使われていません。いずれにせよ、日本軍占領下の中国からパレスチナへは、当時これ以外の連絡方法はなかったでしょう。

発信者の国籍は「リトアニア人」とタイプ打ちされています。天津や上海にはナチスの迫害を逃れたヨーロッパのユダヤ人難民居住区があったようです。発信者も受取人もユダヤ系の名前であること、受取人である息子の国籍「パレスチナ人」などを考え合わせ、発信者はそういったユダヤ人の一人と考えて間違いないでしょう。

だとすると、リトアニアの在カウナス日本領事館で領事代理だった杉原千畝が発給した有名な「命のビザ」の恩恵を受けた人物だった可能性が非常に高くなります。この珍しい国籍の外国人が戦前から中国にいたとはとても思えないためです。

GANの調査が不十分のため、推測が多くなりました。しかし、「杉原千畝によって救われたユダヤ人の通信であろう」と考えると、日本人として少し誇らしい感じもしてきます。
posted by GANさん at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 俘虜郵便 | 更新情報をチェックする
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