2014年04月19日

済南事変のニセ軍郵はがき

SPAULDING.jpg分銅無銘はがきの料額印面に明朝4号活字で「軍事郵便」と赤色加刷されています。2013年2月に大阪の大手オークションA社に出品されました。最近物故された在米の大コレクターの蔵品だったそうです。下値30万円でしたが、応札はありませんでした。

このはがきは「済南事変に出動した第6師団用に発行された」として戦前から知られています。日専は1985年版に軍事郵便はがきを採録した当初からこのはがきを扱っていませんが、組合カタログは載せていました(最近版が手元になく、現在形では言えません)。

GANは以前からこのはがきを空中楼閣的な意味でのニセモノと思っています。念のためA社の現物を下見してみました。印刷直後に重ねたようで、印面の裏側が赤インクで少し汚れていました。印刷業者なら、重ねた程度で裏写りなどさせません。素人が水性インクでやった仕事と判断しました。

気になったのは、当時の日本郵趣連合の鑑定書が付いていたことです。鑑定者名を見ると、組織の代表者(と、あるいはもう1人)のみで、いずれにせよステーショナリーにも軍事郵便でも専門家とは言えない方でした。「意見なし」ならともかく、「真正品です」と何を根拠に断定できるのでしょう。GANから言わせれば「鑑定料詐欺」です。

「真正品」説の最大の論拠は戦前のコレクターで研究者の中田實氏の著作『続・日本の郵便封皮、帯紙及葉書』(1931年、日本郵券倶楽部発行)です。中田氏はこのはがきに「軍葉第6号」のカタログナンバーを与えています。

記事によると、「之れが存否を云為するものすらありとの噂」があったため、中田氏は直接、第6師団歩兵第47聯隊の当局者に問い合わせたそうです。その結果を大要次のように記しています。

 1、中国局が日本軍の通信を放棄・破棄するので、授受を正確にする目的で発行。
 2、逓信省発行ではなく、済南で印刷した。
 3、昭和3(1928)年5月21日に第6師団に交付され、同時に使用開始した。

しかし、これは根本的におかしい。実は、5月21日というのは山東派遣軍(第6、3師団)に対して無料軍事郵便が適用された日です。5月24日には済南にも第2野戦局が開設されています。野戦局があれば、もはや中国局に郵便を渡す必要はありません。

無料軍事郵便の適用や野戦局の開設は、陸軍省と逓信省の「当局者」が事前に協議して実施されます。5月16日以前には関係公文書が起案されていた事実もあります。出先部隊の一存で「中国局対策の特別はがき」など発行できるわけがありません。

さらに言うなら、書留ならともかく「軍事郵便」加刷をしただけで中国局の取扱が改善されるものでしょうか。中国では売られていない日本の官製はがきをどこから入手し、だれが料金を負担したのか、緊急事態というわけでもないのになぜ逓信当局に連絡しなかったのか、封書の扱いはどうするのか。--中田氏の記事は矛盾だらけです。

念のため触れておくと、同じ分銅はがきに一回り大きな明朝3号活字で「軍事郵便」と赤色加刷したものが軍事郵便適用開始と同時に使われました。こちらは逓信省が発行した法定(正規)の軍事郵便葉書です。4号活字の方は、本物をヒントに偽造者が企画・立案したのではないでしょうか。

ところで、A社の出品の数年前、東京の有名業者B社もこのニセ加刷の未使用と「使用済み」をセットで売りに出しました。「使用済み」の方は大連局の引き受け(昭和3年7月15日)で、しかも発信者は民間人。郵便史の知識の全くない者が作ったミゼラブルな作品、というほかありません。
posted by GANさん at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ステーショナリー | 更新情報をチェックする
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