2014年05月01日

郷土防衛に満州からシフト

NISHIKI-1.jpgNISHIKI-2.jpg本土決戦のため終戦間際に満洲から呼び戻された郷土防衛部隊の兵士が出した私製はがきです。部隊の検閲も受けていますが、軍事郵便ではありません。有料の普通郵便です。今日到着したヤフオク落札品です。

発信アドレスは「高知局気付 錦第2445部隊」です。「錦」は第11師団を、「2445」は歩兵第44聯隊を表します。また、内地部隊の「気付」局は外地部隊と異なり、配達受持局を表します。この部隊が高知局の集配区内にあることが示唆されます。

44聯隊(高知市)は第11師団(善通寺)の基幹部隊です。1939(昭和14)年以来「満州国」の新密山に駐屯し、北方からのソ連侵攻に備えていました。新密山は周辺に多数の開拓移民団集落が密集し、満州東北部の軍事上の要地でした。

米軍が沖縄に侵攻した45年4月、師団は関東軍隷下を抜け、西日本防衛の第2総軍(広島市)に転属しました。今度は太平洋を南方から攻め上る米軍に備えて郷土を守備することが新任務です。聯隊は高知東部沿岸で陣地構築の最中に終戦を迎えています。このように、満州は空っぽで放置されたままソ連軍の侵攻を迎えたのです。

このはがきは私製ですが、料金5銭を局に納めて切手代わりの収納印を受けた「暫定予納はがき」です。郵便切手の製造能力すら失った時代を反映し、特例として45年2月1日から実施されました。裏面の通信文から5月中の発信と分かります。

裏面左下部に「面会禁止」印があります。普通は病院や秘密部隊からの発信に押され、通常の歩兵部隊にまで使われるのは異例です。米軍の本土上陸を控えて泥縄式の準備に大童の中、面会どころではない、せっぱ詰まった雰囲気が窺えます。
posted by GANさん at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 2次大戦混乱期 | 更新情報をチェックする
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