2014年05月02日

日清戦争の乃木将軍

NOGI-G1.jpgNOGI-G2.jpg日清戦争に従軍中の乃木将軍が清国の戦地から東京の留守宅に送った軍事郵便の封書で、コンテンツ(通信文)もあります。数年前、軸装されたものを入手しました。

乃木将軍は1894(明治27)年に日清戦争が起こると、歩兵第1旅団長(少将)として第2軍に従軍しました。金州、旅順、蓋平、営口、田庄台の戦闘などで戦果を挙げ、翌95年4月に中将に昇進して第2師団長に任ぜられ、さらに8月には男爵に叙爵されます。

封書は第2軍第1野戦局(金州)で明治28年4月16日に引き受けられ、東京局に4月24日に到着しています。裏面に発信アドレスはなく、差出人名が「乃木陸軍中将」と大書されています。「乃木希典」としなかったのは、中将昇進をさり気なく知らせたのかも知れません。

宛名の「乃木勝典」は長男です。10年後の日露戦争に従軍して次男の保典と共に戦死し、乃木家は跡継ぎを一挙に失ってしまう悲劇がよく知られています。書状内末尾の宛名は家族連名で、夫人・静子の名が最初に書かれています。要するに、家族全員に宛てた通信なのでしょう。

達筆とはとても言えませんが、よく書き慣れた筆遣いで、くだけたメモ風に書かれています。「師団長に昇進したのは部下将校や下士卒の働きのお陰で、自分に功績があったわけではない」。謙虚な人柄が文面からも読み取れます。

この書状の1ヵ月ほど前から下関では講和会議が始まっていました。戦闘は一段落して休戦となり、将軍もようやく家族に通信する余裕を得たのでしょう。ただし、6月には日本に割譲された台湾で抗日武装闘争が起こり、将軍は第2師団を率いて台湾に転戦することになります。
posted by GANさん at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 乃木将軍 | 更新情報をチェックする
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