2014年05月07日

海軍も「満州国」に進出

MAN NAVY-2.jpgMAN NAVY-1.jpg「満州国」の首都・新京に置かれた日本海軍唯一の出先、駐満海軍部から出された1936(昭和11)年の年賀状です。最近の入手品です。

1931(昭和6)年に満州事変が起きた当初、海軍は事態を陸軍に任せ、基本的にノータッチの方針でした。しかし、実際に「満州国」が動き出すと、そうも言っていられなくなります。33年4月、新京に天皇直隷の「駐満海軍部」なる特異な機関を開設しました。

海軍部の主要任務は「満州国沿海及び河川の警備」で、ほかに「満州国」海軍の指導なども命じられていました。河川(黒龍江)警備の実務は哈爾賓に同時に設置された指揮下の臨時海軍防備隊が行うので、海軍部は軍政連絡機関といった性格の存在でした。38年に廃止され、任務を縮小して新京海軍武官府に継承されています。

このはがきは駐満海軍部の司令部スタッフが発信しました。と言っても、海軍部自体が司令部で、司令部以外の機関は(臨時海軍防備隊を除いて)無かったと思われます。司令官は少将だったので、艦隊の一つ下、戦隊司令部並みの陣容でした。

関東軍管内ではこの直前の35(昭和10)年12月1日から軍事郵便に引受印を押すことを全廃しました。そのため、はがきには本来なら押された新京局引受印がありません。恐らく、大量の年賀状処理に苦慮してきた関東逓信局が関東軍に要請して実行したのでしょう。

さらに言うと、海軍の郵便物を陸軍(関東軍)の軍事郵便ルートに乗せるのも、当時としては極めてイレギュラーな処理でした。実際、34年10月に同じ駐満海軍部司令部員が出した封書は軍事郵便でなく有料の普通郵便として3銭切手を貼り、新京局で引き受けられています。

この間に陸海軍で何らかの協定が行われ、駐満海軍部の郵便物も無料軍事郵便の扱いを受けることになったと思われます。これに関する資料がほしいところですが、GANはまだ入手していません。
posted by GANさん at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍事郵便(海軍) | 更新情報をチェックする
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