2014年05月08日

ハワイ侵略を目撃した軍艦

HAWAII-2.jpgHAWAII-1.jpg布哇(ハワイ)国ホノルル港碇泊軍艦金剛--。おおっ、小判時代の軍艦郵便! と喜ぶのは早トチリ。万国郵便連合(U.P.U.)が規定した軍艦郵便(軍艦閉嚢)制度が発効する前年の使用例で、「軍艦郵便前史」とでもいうべき存在です。

日清戦争前年の明治26(1893)年2月17日に軍艦「金剛」(初代)乗員がホノルルで発信し、東京芝口局で3月4日に引き受けられています。差出人はホノルルから日本に向かう日本商船の乗組員に託し、入港地・芝浦で投函してもらったのでしょう。

日本の逓信当局が軍艦郵便制度を実施したのは日露戦争後の1906(明治39)年からです。それ以前に海外に派遣された軍艦乗員が母国に宛てて通信するには入港国の郵便によるか、たまたま出会った日本行き船舶に託す方法しかありませんでした。

「金剛」はこのとき、独立王国ハワイと、ハワイを支配しようとする米国との関係が緊張し、日本居留民保護のため僚艦「浪速」と共に警備中でした。「金剛」は海兵19期の士官候補生の練習航海の帰途、サンフランシスコで新任務を与えられたのです。

コンテンツ(通信文)が残っており、ハワイ最後の女王リリウォカラニと親米派総理大臣との確執、1月17日に米海兵隊制圧下で起きた米国領併合の陰謀劇などが生々しく書かれています。

現代と似たような光景が120年前にもあったのですね。ウクライナの事態でロシアを非難する当の米国の侵略行為ですから、「歴史認識」は、やっぱり重要です。
posted by GANさん at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍艦郵便 | 更新情報をチェックする
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