2014年05月09日

再説・雑誌『郵趣』の貧困

YUSHU 93.jpg今年1月末にこのブログで、「雑誌『郵趣』の貧困」と題する駄文を書きました。たまたま、約20年前の『郵趣』1993年6月号(以下、「9306号」)の目次が出てきました。1月の前説を補強するデータが得られたので、再び駄文を重ねさせていただきます。

1、9306号には大小42本の記事が載っています。うち、「九・一八事変と抗日宣伝印」「郵便史ノート ビルマ(下)」「郵便史研究のフォアランナー」が郵便史の記事です。内容を見ないと分かりませんが、「南方占領地のマテリアル」も、あるいは郵便史関連かも知れません。

いずれにせよ少なくとも3本、96ページ中9ページ、つまり全体の約1割が郵便史に割かれています。これに対し、1月の前説で書いたように『郵趣』今年2月号(以下、「1402号」)の郵便史記事はゼロ%、1本もありませんでした。

2、前説で、1402号の大半を占めているのがトピカル・テーマティク関連記事だと書きました。では、9306号ではどうか。「モントセラト」「世界のロイヤルウエディング切手」「あるオリンピック切手の記録」「ヒマラヤに生息する希少動物」の4本です。これは郵便史より1本多いとはいえ、バランスの非常によく取れた量と言えるでしょう。

3、会員読者との交流、参加のページがわずか半ページしかない、協会・編集部との双方向性が見られないと、前説で1402号を批判しました。対する9306号はどうでしょう。「読者だより」「会員互助小広告」「JPS支部と例会活動の記録」などの「協会と会員・読者のページ」に8ページ、ほかに「JPS部会・例会紹介」2ページがあり、合計で10ページが会員読者の交流・参加に充てられています。20:1ではありませんか。現在の『郵趣』がいかに会員読者をないがしろにしているか、数字だけから見ても明らかです。

これほどの編集方針の劇的な変化(前説の「貧困」を、時系列的にとらえて「堕落」と言い換えてもよい)が、なぜこの20年間で起きたのでしょうか。日本郵趣協会(JPS)理事長・水原明窓氏が1993年11月に亡くなったことが最大の原因と思います。協会の向かいの鉄道中央病院で闘病中だったとはいえ、9306号は水原氏の実質指揮下で編集されています。

現在の協会は、口先だけは水原氏を讃え、「水原賞」の授与とか、「水原没後何年記念展」などを主催しています。でも、彼の精神に学ぶとか、目指したものを受け継ごうという意志などはまったくないのです。水原氏の業績について、GANは現在の協会とは異なる見解を持っていますが、それについては他日論ずる機会もあるでしょう。

ところで、「9306号の目次」など、なぜ今さら出て来たのか。GANが参考として切り取って保存していた『郵趣』の記事の裏に、たまたまそれがあったからです。果たして今日の『郵趣』に、後のちのため保存しておきたい記事がどれだけ載っているでしょうか。
posted by GANさん at 22:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑観・雑評 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
久しぶりの記事でしたが、興味深く拝見させていただきました。
Posted by tabito at 2016年02月29日 05:56
お目にとまり恐縮です。郵趣協会に代わる組織は今はありませんから、理事長以下の協会幹部にはぜひ、こういった声に耳を傾けてほしいものです。
Posted by GAN at 2016年03月01日 00:21
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