2014年05月10日

台湾先住民へ内容証明便

内容証明郵便としてKANSEI.jpgの証明を受けた通信文です。台湾・関西局で昭和17(1942)年8月8日に受け付けられ、照合用の副本として郵便局で保存されていました。正本2通は証明を受けて差出人に戻されています。

薄い半紙1枚にカーボン複写された文書の左半分だけを画像に示しました。右半分には「通知書」と題されています。中文で書かれているので正確なことは分かりませんが、商取引上のトラブルについての異議申立の書類のようです。差出人は日本人です。

ここで興味深いのは被通知人(名宛人)である「邱阿富」氏の住居表示です。「新竹郡蕃地馬武督社小地名而完窩」とあるのが目に付きます。「マブト社シカンカ」とでも読むのでしょうか。

「蕃地」とは領有当時に「蛮人」、この時代には「高砂族」と呼ばれた山地に住む非漢族系先住民の居住地のことではありませんか。「社」は「村」に相当する高砂族集落特有の名称です。名宛人は中国系の名前に見えますが、先住民本人なのでしょう。

この書類から想像出来ることは、1940年代の先住民が日本から乗り込んできた商人と対等にビジネス上の応酬をしていた、ということです。もはや、「野蛮な人々」どころではない。語弊を恐れず言うなら、日本植民地政策の功罪の「功」の一つかも知れません。

この内容証明では文書1枚の料金20銭が1次昭和切手で納められています。郵便局保存分なので、関西局では納付された切手を貼って日付印で抹消しています。内容証明料金はこの年4月に10銭から20銭へと2倍に値上げされたばかりでした。
posted by GANさん at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 植民地 | 更新情報をチェックする
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