2014年05月12日

日露開戦直後韓国公用便

RUSS-FRA 1.jpg日露開戦直後に独立帝国・韓国の政府機関が発信した公文書の封筒です。近年の香港のオークションで入手しました。

封筒には韓国の鷹3銭切手が貼られ、仁川局で光武8年(1904=明治37年)3月4日に引き受け、漢城(日本人の言う「京城」)局に翌5日に到着しています。

この封書は韓国の仁川監署(貿易管理官事務所)が差出しています。名宛ては「仁川駐在ロシア副領事事務代行 漢城駐在フランス副領事 貝閣下」となっています。裏面に仁川監署のアドレスなどはなく、封じ目に国章・陰陽文に漢字を配した丸型朱印だけが押されています。

1904年3月は開戦から1ヵ月足らず後ですが、仁川・漢城の一帯はすでに日本軍が占領していました。開戦の前後にロシア外交官は韓国から撤退したため、韓国に於けるロシアの利益代表として同盟国フランスが指定されていました。

仁川監署では仁川駐在ロシア副領事へ公務上の連絡があったので、漢城のフランス副領事に回送したのだと思われます。副領事閣下の「貝」は漢字に置き換えたフランスの人名で、たとえば、「ベイル」などといった名前なのでしょう。

日露戦争を巡り、日・露・韓・仏の関係を象徴する興味深いカバーだとGANは考えています。
posted by GANさん at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 植民地 | 更新情報をチェックする
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