2014年06月18日

集団的自衛権で南ア出撃

TSUSHIMA.JPG第1次大戦中、アフリカ南端に出撃した軍艦の軍事郵便です。某国首相がいま画策する「集団的自衛権」ですが、1世紀前の日本海軍が他国防衛のため地球の裏側で戦った事実を明かす史料となっています。

このはがきには神戸局大正7(1918)年1月1日の引受印があり、年賀特別取扱を受けた、つまり年賀状です。「南阿ニテ」と書き込みがあることから、南アフリカに派遣された第1特務艦隊分遣隊の巡洋艦「対馬」乗員の発信と分かります。

差出人は恐らく17年11月末か12月初め、南ア入港中に発信したのでしょう。艦隊で年賀郵便物をまとめて郵袋に納め、帰国する日本商船か補給・連絡に来た海軍艦船に託したと考えられます。これは日本で史上最長の逓送距離をたどった軍事郵便となります。

大戦中、ドイツは無制限潜水艦戦と武装商船による通商破壊戦を行いました。英国商船隊は壊滅寸前となり、追い詰められた英国政府は日英同盟を根拠に日本の助勢を求めます。日本海軍は1917(大正6)年6月に第1、2、3の特務艦隊を編成し、それぞれインド洋、地中海、南太平洋に派遣しました。

第1特務艦隊はさらに東アフリカ沿岸から南アフリカ一帯の警備のため「対馬」「新高」を分遣隊として派遣しました。両艦は南アのサイモンスタウンやケープタウンを根拠地とし、英国の喜望峰艦隊と協力して2年間にわたり連合国側商船の護衛に当たりました。

3個の特務艦隊が防衛したのは日本の領土や商船ではありません。主として英国商船保護のための出動でした。この作戦で、地中海に派遣された第2特務艦隊では多数の戦死傷者を出しています。これらこそ「集団的自衛権」そのもの。他国のため日本の若者が血を流した先例があったのです。
posted by GANさん at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍事郵便(海軍) | 更新情報をチェックする
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