2014年06月20日

太平洋戦最初期俘虜郵便

POW-2.jpgPOW-1.JPG太平洋戦争開戦直後の俘虜郵便です。俘虜情報局が発信したものですが、俘虜の発受する郵便と同様、無料扱いの俘虜郵便となりました。

太平洋戦争による俘虜情報局は1899年のハーグ条約に基づいて1941(昭和16)年12月29日に陸軍省内に開設されました。俘虜情報局などの関係官庁が俘虜事務に関して発信する郵便物は俘虜郵便規則により無料とされていました。

この封書は俘虜情報局から日本赤十字社に宛てに発信されています。引受日付印はありませんが、速達だったため、配達した芝局の、発信日と同じ昭和17(1942)年1月29日の着印があります。俘虜情報局の開設から1ヵ月後、「俘虜郵便」印がまだ出来ていなかったようで、手書きされています。

コンテンツ(通信文)が残っていて、「『日赤ニ俘虜救恤委員部設置ス』ノ放送案ニ関スル件回答」と題された公文書です。日赤が日本放送協会(N.H.K.)に依頼して放送してもらうニュース原稿を俘虜情報局に送り、実質的な検閲を求めたのに対する回答なのでしょう。

俘虜情報局編『俘虜取扱の記録』によると、俘虜が発受する無料俘虜郵便物の取扱はこれよりかなり遅く、42年5月15日に善通寺、上海、香港の3収容所の俘虜に対して開始したのが最初です。また、日赤俘虜救恤委員部が扱った「赤十字通信」は42年10月12日からです。結果的に、この封書は太平洋戦争で最初期の俘虜郵便となります。

この記録によると、陸軍省は42年3月に「俘虜管理部」を開設し、単なる俘虜情報だけでなく、本格的な俘虜管理に乗り出しています。開戦初期の作戦で予想外に大量の俘虜を捕獲してしまったためです。俘虜管理部員が条約所定の俘虜情報部員を兼務しました。俘虜管理部の俘虜郵便も存在するのではないでしょうか。
posted by GANさん at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 俘虜郵便 | 更新情報をチェックする
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