2015年12月20日

蒙彊聯合委員会の絵葉書

蒙彊-2JPG.JPG蒙彊-1JPG.JPG 蒙彊-3JPG.JPG蒙彊の自治政府発行と考えられる絵はがき2シリーズ、3点を最近のネットオークションで相次いで入手しました。この分野では島田健造氏の『日本記念絵葉書総図鑑』(2009年再版)が最も信頼できる参考書ですが、「記念」ではないためか、いずれも未掲載です。

図1(上図の右)は黒単色の写真で「既婚婦人(右)と未婚婦人(左)」の説明があります。同じ絵面の右下方に小さく「蒙彊聯合委員会/蒙古聯盟自治政府」と発行者の名前が2行で入っています。表面は「POST CARD」などの英文もあり、市販の写真絵葉書と全く同じスタイルです(下図の左)。何種かのセットの内の1枚でしょう。

図1とは別シリーズの図2(上図の左)、図3(図2の下)は共にセピア単色の写真で、「蒙彊聯合委員会」「夏の蒙古高原」のタイトルがあります。やはり何種かの内の一部と思われます。表面(宛蒙彊-12.jpg蒙彊-32.jpg名面)下部中央に「蒙彊聯合委員会発行」と、こちらは銘版が明確に印刷されています(右図の右と下図の下)。

蒙彊聯合委員会は日中戦争直後の1937(昭和12)年11月22日に張家口で発足しました。いずれも関東軍の謀略で内蒙古に成立した察南、晋北、蒙古聯盟の3自治政府の上部連絡機関です。2年後に3自治政府は合流し、委員会は「蒙古聯合自治政府」に改組されます。

蒙銘-3.jpg図1絵面の「蒙彊聯合委員会/蒙古聯盟自治政府」と二者並列に見える「銘版」(左図)は、実際は「蒙彊聯合委員会に加盟(所属)する蒙古聯盟自治政府の発行」の意味でしょう。蒙銘-1.jpg

いずれにせよ3種とも37年11月の聯合委員会発足以降、39年9月に聯合自治政府に改組される以前の発行、ということになります。

これらの政権はすべて蒋介石の国民政府からの「独立」を宣言した、日本の傀儡の地方政権でした。関東軍は「満洲国」を安定的に経営するため、中国本土に接して緩衝地帯を形成する「華北分離工作」を進めていました。蒙彊聯合委員会 → 蒙古聯合自治政府はその完成モデルの一つです。

図2の「蒙彊聯合委員会」の説明文は次のように書かれています。
「蒙彊聯合委員会は昭和十二年十一月二十二日張家口に設立され、支那事変勃発後僅々三ヶ月にして早くも王道楽土建設の第一歩を踏出した」

「王道楽土」は日本軍が「満洲国」建国を強行する際のスローガンでした。まさに日本帝国の立場と言い分そのもので、主人公であるはずの蒙古人の姿や主張はここにはありません。端なくも日本による中国侵略の一端を実証する資料となっています。
posted by GANさん at 00:24| Comment(0) | TrackBack(0) | ステーショナリー | 更新情報をチェックする
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