2016年03月16日

臨時局引き受け無料軍郵

20臨時-1.jpg20臨時-2.jpgいわゆる「臨時局」の「第二十臨時」印で昭和17(1942)年5月26日に引き受けられた高雄海軍航空隊からの公用無料軍事郵便です。

無料なのに臨時局印、艦船部隊でなく航空部隊からの差し出し。近年のオークションで入手したこのカバーは、一見しただけでも異常だらけです。

この「臨時局」印を逓信当局は「暗号局名入り日付印」と呼んでいました。本来は聯合艦隊所属艦船の乗員発信の有料郵便物を引き受ける際、入港地を秘匿するために導入された日付印です。局名として1~3桁の数字に「臨時」を付けて表現しています。開戦直前の1941年夏ごろから港湾所在地の局で使われ始めました。

艦船部隊と同様に戦地間や戦地と内地間を頻繁に移動する航空部隊に対しては、軍艦のような秘匿措置は考慮されませんでした。無料の扱いになるか、有料の場合でも内地基地最寄り局の通常の日付印が使われました。だから、航空部隊の臨時局印は原則としてあり得ないのです。

さて、高雄空の42年5月当時の所在ですが、開戦以来、陸上攻撃機部隊としてマライや比島の航空作戦に参加していました。42年9月にラバウル方面に転用されるまで、昭南(シンガポール)やマニラなどを基地としていたとみられます。原駐基地の高雄に帰れないまま44年に現地解隊されています。

従って、この書状は戦地から発信されたことになります。たまたまそこに海軍軍用郵便所がなかったので、帰港する海軍輸送船などに託されたのでしょう。内地に入港して引き渡した局が、この「第二十臨時」を使う局でした。他の使用例などからの推測で、筆者はこの局は台湾の高雄局だと考えます。

高雄局では、いつもなら託送軍事郵便物に引受印は押しません。しかし、この書状は公用便なので、引受印はどうしても必要です。通常の「高雄」局印を使ってよいか、どうか--。高雄局では結局、「第二十臨時」局印で引き受けました。宛名が民間人なので、引受局名を秘匿すべきだと考えたのかも知れません。

高雄局のこの判断は、まあまあ妥当だったようです。これから1ヵ月後の42年6月25日、海軍省は「艦船部隊発郵便物ノ取扱方ニ関スル件」という内牒を出しています。それにより、戦地にある艦船部隊から郵便所を経由せず帰還船に託送した軍事郵便物を引き受けた集配局での処理方法が初めて明示されました。

この種郵便物には引受印を押捺してはならず、書留郵便物の引受番号は秘匿措置(臨時局番号の使用)を行うこととされました。「艦船部隊」でなく「航空部隊」、「書留郵便物」でなく「公用郵便物」、という違いはありますが、高雄局の措置は内牒の趣旨を先取りしたものと言えそうです。

しかし、この内牒が出た以上、この後は公用や書留(公用に限定)といえども、託送軍事郵便物には臨時局印さえも押さないことになりました。だから、無料軍事郵便を臨時局印で引き受けたこのような使用例は、極めて短期間だけだったはずです。
posted by GANさん at 02:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍事郵便(海軍) | 更新情報をチェックする
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