2017年05月08日

郵政移譲示す日満混貼り

奉天隅田町.jpg奉天から吉林に宛てた「満洲国」郵政の書留書状です。日本と全く同じ形式の櫛型印で奉天隅田町局が康徳4(1937=昭和12)年12月13日に引き受けています。

貼られているのは満洲国切手4枚で11.5分と、左から2番目だけ日本切手の5厘(1/2銭)です。これは書状料金4分と書留料金8分の合計額12分に相当します。分は銭と等価でした。料金の支払いに日満両国の切手を混ぜて貼った「混(こん)貼りカバー」ということになります。

満州で日本と中国あるいは満洲国の切手とが1枚のカバーに貼られる混貼り例としては「貼り替え」が知られていますが、それとは本質的に違います。貼り替えは日本切手と相手先切手とで料金を二重払いするものですが、このカバーは両国切手で合算した料金1回払いだけで済んでいます。

2週間足らず前の12月1日、日本は管理してきた満鉄付属地の行政権を満洲国に全面移譲したばかりでした。行政権には、もちろん郵政権も含まれます。日本側の全局は局舎も資器財も日本人職員も、局名まで含めた一切が満洲国郵政の「郵政局」として移管されました。奉天隅田町局もそうした1局です。

郵政移譲に当たり、郵政当局は民間で手持ちされている日本切手・官製はがきの有効期間を3ヵ月と定めました。日本切手は満洲国郵政になっても38年2月末までは有効で、3月から使えなくなるという移行措置でした。日本の切手やはがきなのに康徳年号の消印が押されたものを時に見るのは、このためです。

当然、両国の切手を混貼りした郵便物も期間内なら合法的でした。このカバーも恐らくは収集家か、そうでないにしても移行措置を意識した人が記念のために作ったのでしょう。「普通の民間人が趣味的意図でなく」混貼りしたコマーシャルカバーの例は経験的にまず見ません。郵政移譲を直接示す現物として、これもまあ貴重かと思います。
posted by GANさん at 02:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 「満洲国」 | 更新情報をチェックする
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