2017年05月28日

飛信逓送タダじゃない

飛信逓送.jpg明治初期、公用緊急通信の急送手段として「飛信逓送」という制度がありました。郵便局というハードウエアを利用して書状を送達するので郵便の一部と考えられがちですが、GANは郵便の範疇には含まれない別制度と考えています。飛信逓送の性格を正面から論じたら興味深い大論文ができそうですが、ここは措いておきます。

ただ、性格論と関連する根本問題として、2点を問題提起しておきたいと思います。「飛信逓送は無料の軍事郵便」が「定説」とされていることです。直近では『ビジュアル日本切手カタログ 第4巻』(日本郵趣協会、2015年)にもそう書かれていますが、誤りです。飛信逓送は無料ではなく、軍事郵便でさえありませんでした。

飛信逓送は、特定の公用書状を「脚夫」(ランナー)が昼夜兼行で郵便局間を継ぎ送りし送達する制度です。利用は非常事態下の官庁(公用)に限られ、私用には使えませんでした。郵便切手は使わず、経由する郵便局ごとに「飛信逓送切手」が渡されて飛信書状であることを証明しました。

日本郵趣協会(JPS)は1974年に始まる『新日本切手カタログ』の時代から今日の『日本切手専門カタログ』(日専)まで飛信逓送切手を「その他の切手類」として取り上げてきました。前出の『ビジュアルカタログ』はその最新版ですが、その中で1ページを割いた大型コラム「飛信逓送切手」(p.44、上図)としてこの制度を次のように紹介しています。
飛信逓送はこのような非常事態(士族反乱や農民一揆=筆者注)に際し、緊急の書状を逓送するために、1874年(明治7)に制定された無料の軍事郵便で、……
ところが実際には、この制度を利用できたのは正院(今日の「内閣」に相当)、外務省、内務省、大蔵省、工部省、司法省、宮内省、開拓使、陸・海軍省、各地鎮台・営所と各府県庁でした。陸・海軍省と鎮台・営所以外はすべて軍事と無関係で、むろん、軍隊の運用権はありません。

暴動などが起きた場合、まず鎮圧に当たる警察の指揮権は内務省にありました。どの国の政府でも、軍隊の治安出動は警察力で対応しきれなくなった場合に限られ、あくまで2次的な想定です。制度の利用者、実際の運用の両面から言って、この制度の目的は広義の治安維持にありました。軍事関係者だけに利用を限定してはいず、軍事郵便ではありません。

次に、飛信書状を運ぶ「脚夫」は経由する各局でそのつど部外者を手配するため、脚夫に労賃を支払う必要がありました。局で立て替え払いしておき、後で駅逓寮(郵便所管官庁、10年1月以降は「駅逓局」)に飛信逓送切手を提出して清算する仕組みでした。つまり、利用のたびにコストが発生し、それを駅逓寮が負担する有料の制度です。

この駅逓寮負担は会計原則から言って不合理な処置でした。大蔵省の提議に基づいて、西南戦争のさ中の明治10年7月以降は「各廳ニ於テ飛信ヲ要シ候節、右逓送費ノ儀其廳經費中ヲ以支拂候儀ト相心得」よ、と通達されました(10年8月24日正院達第59号)。脚夫賃は利用した陸・海軍省や内務省などの受益者負担と改められたのです。このように、飛信逓送が無料というのは全くの誤解です。

JPSは1974年に最新の郵趣研究成果を集大成した極めて意欲的な『日本切手百科事典』を刊行しました。その中で「飛信逓送切手」が詳説され、制度について以下のような説明があります(p.209)。筆者として天野安治氏の名が記されています。
不平士族の反乱、農民一揆など明治初期の反政府暴動に対処するために制定された公用の無料軍事郵便で、……
論拠となる出典は示されていず、天野氏の考えと解されます。我が国郵趣界最高権威のこの誤認記事から問題が始まります。『新日本カタログ』は翌1975年版にさっそく天野氏の新説を取り入れ、「飛信逓送は公用の無料軍事郵便」と全面的に書き換えました。このカタログの74年版までは「(飛信逓送は)公用郵便物の特別送達」と書かれていました。「無料」と「軍事」はなく、正しい説明だったのです。

『新日本カタログ』はその後『日専』に発展しましたが、以後えんえん40数年間、天野氏のこの記事は丸写し続けられました。最初の方で示した『ビジュアルカタログ』のコラム記事も、もちろん天野氏記事が祖型です。この間、JPSのカタログ筆者らが根拠となった記事を見直したり精査した形跡は全く見られません。

そもそもJPSが発行する近年のカタログ類には編集・出版上の定見がありません。目立つのは明らかな事実誤認や校閲上の単純ミスばかりです。コレクター仲間の評判が、はっきり言って、とても悪い。営業上の困難は理解できるのですが、一貫性を放棄して縦横無尽にブレまくったり権威に盲従して先人の遺産を食い潰す弁明にはなりません。飛信逓送「問題」は氷山の一角です。

創業理事長を務めた水原明窻氏亡き後、責任ある統括者、監修者がいないのが原因とGANは見ます。名目上の理事長や「責任者」が、あるいはいるのかも知れません。「水原氏並みに」とまでは言いません。少しは使命感と、わずかでも意欲の見える出版物を出してほしいものです。

追記(2017.12.10)今年のJAPEX会場で発売された「日専」の後継カタログらしい『日本普通切手専門カタログ 戦後・ステーショナリー編』で、この記事で「無料の軍事郵便」は誤りと指摘した部分が改訂されました。新しい解説では「……反政府活動に対処するため、……公用の郵便制度が設けられ……」となり、従来の版よりは正しくなっています。
posted by GANさん at 13:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑観・雑評 | 更新情報をチェックする
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