2017年09月15日

タイ回収領土の軍務知事

Chiengtung-1改.jpgChiengtung-2改.jpgeBayに出品された全文タイ語のカバーに柄にもなく手を出して落札、今日届きました。1文字も知らない外国語なので、次の第2-4段目は出品者による説明を丸写ししたものです。

ビルマ領シャン地方南東部を第2次大戦中に隣国タイ軍が占領して設けた「統合旧領土(Saharat Thai Doem)軍政府」の軍務知事に宛てたタイ軍の公用機密軍事郵便です。

封筒表面中央上部の楕円印は「機密」、角枠印は「至急」を表します。最上部左端のアラビア数字などは文書番号と発信日付ですが、タイ官庁の通常の形式と異なるため、解読できません。裏面はタイ国防省の「陸軍機密」専用シールで封緘されています。

このカバーには一切の郵便印がありません。陸軍のクーリエ(伝書使)によって配達されたと見られるので、厳密には「郵便」とは言えません。明記されていませんが、発信者は同じシャン地方に進出していた陸軍官庁の出先機関か部隊でしょう。国防省のある遠いバンコクから発信された書状なら必ず郵便が利用されたはずだからです。

第2次大戦中のタイは日本軍制圧下で巧妙な二股外交を繰り広げていました。日本と軍事同盟を結んで連合国(英米側)に宣戦する一方、有力な王族や軍人・政治家グループがその連合国と密かに連絡を取って日本軍情報を流し、連合軍スパイの潜入を助けました。離反常ならぬタイの歓心を買うのに懸命な日本は、過去にタイがイギリスなどに蚕食された失地回復の支援を図ります。

そのため、日本は占領下のタイ旧領、マライ北部4州とビルマ領シャン2州をタイに譲りました。2州とはケントン州とモンパン州で、サルウィン河(怒江)左岸のタイ領側にあります。タイ国軍の東北軍は1942年5月に日本軍のビルマ侵攻に合わせて2州を含むシャン地方南東部を占領していました。1943年8月20日にバンコクで日泰間の条約が調印され、2州のタイ編入が承認されます。

Phin_Choonhavan.jpgタイは回収した旧領2州に軍政を敷き、中心の町・ケントンKengtungに統合旧領土軍政府を置いて統治しました。軍政府トップの軍務知事には東北軍第3師団長だったピン・チューンハワンPhin Choonhavan将軍(右写真=英文Wikipediaより引用)が任命されました。このカバーの名宛人で、後に元帥に昇進するタイ陸軍の実力者です。戦後、この統合旧領土はビルマに返還させられました。

当時のケントン州やモンパン州は少数民族が居住する未開の山岳地帯でした。戦前でもビルマ郵政が有効に機能していたかどうか明らかではありません。まして戦時下での主権移動という大混乱期なので、郵便は事実上ないも同然だったでしょう。このカバーはそんな歴史的状況を後世に伝える得がたい史料となっています。
posted by GANさん at 22:41| Comment(0) | 南方戦区 | 更新情報をチェックする
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