2017年11月10日

バリックパパンの櫛型印

BALIKPAPAN.jpgBALIKPAPAN-裏.jpg浅草のJAPEX'17で開かれた大手オークションで落としたばかり、ホヤホヤの南西方面海軍民政府管内(いわゆる「海軍担当地区」)の書留カバーです。南ボルネオのバリックパパン局で1943(昭和18)年6月25日に引き受け、セレベスのトンダノ局に7月2日に着いています。

切手は蘭印新女王30centに赤色左書き「大日本に錨」加刷があります。書状10+書留20centの合計額相当のようです。加刷タイプはカタログで言う「バンジェルマシン型」となるのでしょう。

お門違いのGANが南方カバーに手を出したのは、海軍地区で櫛型(類似)日付印の使用が珍しいと映ったからです。この地区の郵便引受印は、旧オランダ製日付印の改造を除けば日付のない丸二型「大日本/局名/帝国政府」印の形式が一般的だとこれまで思っていました。日本櫛型印の占領地型バラエティーを検討する材料になるとも考えました。

大門会でお世話になった故・青木好三氏に昔むかし頂いた『私録じゃがたら郵便 占領中の旧蘭印での郵便』(1986年)を読み返してみました。丸二型日付なし印が使われたのは海軍地区でもセレベス、セラムの両民政部管内だけでした。残るボルネオ民政部(バンジェルマシン所在)管内、つまり南ボルネオの局では日本式櫛型に似た日付印が使われたことが強く示唆されています。

KAMPON.jpgさらに蘭印専門家の収友・増山三郎氏のご教示では、この櫛型タイプ日付印はVosseの『日本占領期蘭印とインドネシア共和国で使用された消印』(2013年)でも南ボルネオでの類似例が報告されていました。青木氏著書にはバリックパパン局カンポンバル分局印のスケッチ(右図)があります。この印は局名は右書き、日付だけ手書きで、年号を皇紀(神武紀元2600年+)で「04(昭和19年)」と表しています。

BALIK-2.jpgこのカバーの印(右図)は局名左書きで、日付は櫛型印と同じ鮮紫色の数字印を押しています。数字6桁スタンプ「186・25」は「昭和18年6月25日」を表していると考えられます。裏面のトンダノ局丸二型印の下部に黒紫色鉛筆「18.7.2」(18年7月2日)の書き込みがあるからです。書留なので証明のため到着印を押して日付を記入したのでしょう。バリックパパン本局でこのタイプの印のカバーはどうやら初出のようです。

バリックパパン局印をさらに詳しく見ると、A欄片仮名局名のうち「ツ」が促音の小字ではなく他と同大なのが特徴です。B欄は日付を書き込めるよう縦2本線で3分割されています。D、E欄は10本の櫛型。C欄はやや不揃いなクロスロード(十字路型)3個です。これだけはオランダ印特有の要素で、日蘭ハイブリッド性の表れと言えます。本来の日本印なら★3個となるところです。

このカバーは、同じ南西方面海軍民政府管内でも「3個の民政部ごとに郵便印など郵便実務の細部が異なっていた」というGANの勝手な仮説に1つの傍証を加えるものと思います。資料が将来増えて、ボルネオ民政部管内の3支部-ポンチャナック、タラカン、バリックパパン-の各管内ごとに郵便印表示形式の違いも出て来たら、言うことはないのですが。
posted by GANさん at 02:12| Comment(0) | 南方戦区 | 更新情報をチェックする
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