2018年02月22日

ニセ泰緬郵便に310万円

s615839.jpg大手オークションハウス、ゲルトナーC.GAERTNER(ドイツ)の第39回「アジア」部門競売が2月19日にあり、いわゆる「泰緬鉄道郵便」印のあるはがき1枚が16,500ユーロで落札されました。手数料と消費税も加えて日本円に換算すると、ざっくり310万円。大変な高値です。

s615839-1.jpgこの出品物は太平洋戦争中に日本軍が建設した泰緬鉄道沿線に開設された「軍事郵便所」で使われたと称するマライ占領正刷4セントはがきです(右上図。下はその裏面)。カタログは「"死の鉄道"軍事郵便所4局の郵便印押し」「展覧会用に目を見張る逸品」と全文ゴチック活字で説明する煽りぶり。参考値も8,000ユーロと大変強気につけられていました。

落札者には大変お気の毒ですが、これは郵便史に無知なコレクター向けに作られたニセモノFAKEです。2点の致命的な問題があります。第1点はカタログが惹句にしている「4個もの軍事郵便所日付印」自体が郵便取扱の実務上はもちろん、郵便史的にもあり得ないものです。第2点は最高の軍事機密だった泰緬鉄道の路線と列車そのものの写真が絵葉書として使われていることです。

カタログの説明によると、はがきはプランカシー郵便所で1945年1月16日に引き受け、日本軍占領下マライのペナンに宛てられています。コンコイター、カンチャナブリ、ニーケの3郵便所でそれぞれ1月27日、2月6日、2月15日の中継印が押されている、とされています。しかし、これは地理的に大変おかしな「迷走経路」なのです。

泰緬鉄道路線図.jpg左の地図をご覧下さい。これは後述する土屋理義氏の本から引用したものです。プランカシーからマライに向かうには鉄道を地図の下方に南下しなければなりません。しかし、中継印のコンコイターは逆に北上してビルマ方面に向かう沿線にあります。何らかの理由で誤積載してしまったのかも知れず、次は「正しく」南下してカンチャナブリ印が押されました。しかし、その次に何と、再度「誤積載」し、今度は国境のニーケまで行ったというのです。

既存の南方占領切手収集家すべてが見過ごしていることですが、鉄道駅と郵便局とは連携はしていても全く別の存在です。鉄道に載せた郵便物に沿線局の中継印を押すには、列車から郵便物を降ろして郵便局に運び込み、郵袋を開けて検査、区分、押印をした上で再び郵袋に収め、駅まで運んで再び列車に載せなければなりません。

鉄道や郵便職員には大変大きな負担なので、郵便物は事前に区分して郵袋に分け収め、目的地の至近駅まで直送するのが大原則です。国境を越えたり規格(ゲージ=軌間)の異なる鉄道をまたぐ場合は例外で、積み替え、郵袋の開閉、押印が行われることもあります。このはがきの中継印と称する3印は存在自体が矛盾であって、説明がつきません。「紛来印」かも知れない? ナンセンスです。

裏面の写真はカタログが「高架橋上の線路を走る実際の列車」と説明しています。確かに、木材を組み上げて応急速成された泰緬鉄道の橋のように見えます。しかし、当時としては異常に鮮明すぎる写真に客車が写り込んでいます。泰緬鉄道には旅客を運ぶ目的など初めからなく、次期インパール作戦のための武器弾薬や食糧の輸送さえ意のままになりませんでした。実際に運行したのは貨車だけで、客車が走るのは戦後になってからのことです。このはがきは戦後撮影された写真に戦前の日付印が押されているのです。

泰緬鉄道とは、日本軍が独立国のタイ政府と苦心して協定を結んでまで相手国領土内に建設した極秘の作戦鉄道でした。それが戦争の最中に絵葉書写真となって、いくつもの郵便局の間をすり抜けることなど出来るものでしょうか? はがき表面にはプランカシー郵便所の大型角枠検閲印が押されています。サインを入れて盲判を押す検閲官がいたのでしょうか? 日本軍とか「ケンペー(憲兵)」など屁とも思わない、ずいぶん大胆不敵な行為ですね。

実は、このはがきは土屋理義氏著『泰緬鉄道の「軍事郵便所」郵便』(日本郵趣協会、2005年)の中で同氏が実際に調査したエンタイアとして「P-9」のナンバーで紹介し(p.77)、他の泰緬鉄道エンタイアと共にいわばお墨付きを与えていました。土屋氏は南方占領切手の権威として自他共に許し、「泰緬鉄道軍事郵便所のエンタイアはすべて真正品」と主張する人物です。

土屋氏はこの本を国際的に流通させることに配慮したのでしょう。国内の郵趣出版物としては珍しく、英文併記もしていました。効果は確かで実際に外国で広く引用されており、今回のゲルトナーの競売にも多大の影響を与えたはずです。少なくとも超々高額で取引されたこの出品物への疑義に対し、土屋氏には誠実に答える義務があるのではないでしょうか。
posted by GANさん at 03:24| Comment(6) | 南方戦区 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
Posted by at 2020年07月08日 14:48
Posted by at 2020年07月08日 14:48
私の結論は、葉書はフィラテリーではあるものの本物だが、葉書の価値を高めるために泰緬鉄道の写真は戦後に貼られたもので、葉書そのものが変造品という意味です。この葉書の作成者はプランカシー郵便局員(S.M.Gsman)なので、最初にプランカシー局の消印と検閲印を押すことができたのでしょう。その後、珍しい葉書を作るため、本人が泰緬鉄道に乗って(あるいは他局の郵便局員に郵頼して)、沿線のコンコイター、カンチャナブリ、ニーケの各局の消印を押した(あるいは押してもらった)ものと思われます。
Posted by 土屋理義 at 2018年04月24日 20:45
あれれ。これは今はやりの「局めぐ」(郵便局廻り)で作った単なる記念品だとおっしゃる? 郵便でもないものに郵便検閲印まで「記念に」押しちゃったんですか? しかし、土屋さんご自身は『泰緬鉄道の「軍事郵便所」郵便』では、確か、このはがきを実逓として「差出人Gsman」とか「Penang宛て」とか説明していましたよ。GANには矛盾だらけの言い訳としか聞こえませんが。
Posted by GAN at 2018年04月24日 22:06
拙著で書いたこの葉書の差出人、受取人は、葉書上の名前をそのまま記述したのであって、この葉書が実逓とは、一言も書いていません。
Posted by 土屋理義 at 2018年05月04日 22:56
この期に及んで、「この葉書が実逓とは一言も書いていません」はないでしょう。少なくとも今回のゲルトナーはあなたの著作によって実逓と信じ、その前提で説明を書いています。単なる「局めぐ」記念品と分かっていれば、このバカ高値もあり得なかったでしょう。郵便史カバーとして無価値だからです。あなたは「実逓ではない」旨を明記すべきだったのに怠ったのではありませんか。
Posted by GANさん at 2018年05月04日 23:14
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