2018年03月12日

丸一「阿多野新田」出現

阿多野新田.jpg駿河国駿東郡内の丸一印時代17局所のうち印影が未発見だった2局の一つ、「阿多野新田(あだのしんでん)」を関西の大手オークションで最近入手しました。

菊10銭に「駿河/阿多野新田 (明治)40年7月13日」とフルストライクされています。局種が無集配3等局なので、下部便号欄は空欄です。恐らく1枚貼り書留書状(3+7=10銭)からはがされたのでしょう。1905年(明治38)4月1日以降は無集配局でも書留など特殊取扱郵便物に限り、それまでの集配局に代わって消印を押すようになっていました。

阿多野線路図-3.jpg阿多野新田は1903年(明治36)12月10日に全国で数百もの郵便受取所が一斉に開設されたさいの一つとして北郷村阿多野新田に設置されました。小山局の集配管内です(左郵便線路図参照=後出『駿河国の丸一印』より、一部を筆者改変)。1885年に開設わずか1年で廃止された同村の古沢局を穴埋めする意味もありそうです。1941年に北郷局と改称、村も戦後に小山町に編入されました。北郷局の現在地は小山町用沢で、受取所当時から移転したのかは未調査です。

阿多野と言えば、大きな貯水池で知られます。GANが子供の頃は東山湖、乙女峠、金時山、神山種畜場などと並ぶ遠足の定番目的地でした。今に思うと、この貯水池は鮎沢川(酒匂川)の支流・須川の河岸段丘上にあって新田開発のほか水力発電用ダムとして利用されていたようです。関東大震災まで小山地方の産業を一手に支えた富士紡績など大工場群の電力を賄ったのでしょう。

駿東郡の丸一印17局所とは、沼津、原、佐野、御殿場、小山など9郵便局と沼津上土、御殿場中町、三島駅などの8郵便受取所です。浜松の消印研究家・池田進氏(故人)は労作『駿河国の丸一印』(1985年)で、桃郷、片浜(共に現在の沼津市)、阿多野新田の3受取所を除く14局所の印影を発表していました。

その後、やはり浜松の藤田容弘氏が『駿東郡の郵便印』(2005年)に「桃郷」を発表しました。今回の「阿多野新田」の出現で、あとは「片浜」が残るだけとなりました。駿東郡の丸一印印影の完全解明はいよいよ「秒読み」段階に入ったと言えそうです。
posted by GANさん at 01:33| Comment(4) | 静岡県駿東郡 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おめでとうございます。一応チェックして臨みましたが、スタート値が高く恐れをなして退散しました。私は、1点だけしか買えませんでした。無競争落札でした。田舎局の管内便1銭1枚貼りです。
Posted by 長田 伊玖雄 at 2018年03月13日 16:07
長田さんもこの「阿多野新田」狙ってたんですか? 参戦しないでいただいて助かった。以後は庵原郡と安倍郡は長田さん、駿東郡はGAN、と秘密分割協定を結びましょう。「田舎局の管内便(市内便?)」の話はゆっくりお聞きしたいです。
Posted by GANさん at 2018年03月13日 18:31
阿多野新田郵便局丸一便の印影発見に感動です。阿多野新田郵便局は解説のとおり北郷郵便局の前身です。発見の報告は現、北郷郵便局長の長田氏から報告を受けました。私も地元の切手収集家として永い間追いかけてきました。印影を見て感動しました。私も元阿多野新田郵便局長の局舎の跡地を自宅していた田代氏と交流して印影発見に奔走しましたが、発見には至りませんでした。田代氏はすでに他界しましたが小山町内にある郵便局を訪問して印影の所在発見に協力お願いしていました.
私の自宅から至近距離にある北郷郵便局では局長がこの貴重な印影を多くの方々に観覧してもらえるように局内に掲示することになりました。貴重な報告の感謝します。今後の郵便資料の提供に合わせて大切に保存されることを期待しています。
Posted by 梶 雄寿 at 2018年05月09日 21:12
梶様、貴重な情報をありがとうございます。後で事情通から聞いたところでは、この印影は関西の某丸一印大コレクターの大量処分品のうちの1点だったそうです。まさに千載一遇の好機でした。他所へ流出してしまったら、われわれ「駿東郡一派」とは永遠にオサラバだったでしょう。際どいところだったと思います。
Posted by GAN at 2018年05月10日 22:47
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