2020年02月29日

恤兵繪葉書型録を作ろう

夜舟.jpg軍事郵便の収集をしていると、そのステーショナリー(はがき、封筒、便箋)にも自然と目が向きます。とくに逓信省が発行した軍事郵便はがきには昔から関心が持たれ、官製はがきの一部としてカタログ化されてきました。

しかし、逓信省製軍事郵便はがきは需要に対して供給力が圧倒的に不足していました。出征兵士は基本的には酒保(しゅほ=旧日本軍用語で、兵舎内や駐屯地に開設される日用品ショップ。米軍でいうPX)でわずかな給料を割いて自費で私製はがきを買い、家郷への通信に充てていました。

そんな実情に配慮したのでしょう。陸軍省は戦争のたび省内に臨時特設した恤兵部(じゅっぺいぶ)で国民からの寄金で「恤兵はがき」を製造し、兵士に配りました。これは日露戦争当時に始まり、満州事変からは数種を組合わせた絵はがきセット(右上は一例)を毎月発行するほど本格化しました。

恤兵部の「恤」は「憐れむ」という意味です。「苛酷な環境下で死をも賭して敵と戦う兵士」を憐れみ救い、慰め励ますという「上から目線」の組織でした。華北の一角に上がった戦火が大陸全土から東南アジア・太平洋にまで及ぶと、もう恤兵路線では100万人単位の需要に実務的に追いつけず、破綻し始めます。

銘版3.jpg日中戦争が始まった1937(昭和12)年に戦争経費の出納を一手に賄う機関として臨時陸軍東京経理部が特設されました。兵士への軍需品供給も任務となり、恤兵はがきの発行を始めます。軍需品供給部門が肥大化すると、陸軍需品本廠として1941(昭和16)年に経理部門から分離、独立し、恤兵はがきの発行も移りました。(は発行された恤兵絵はがきの銘版。上から恤兵部、東京経理部、需品本廠)

経理部も需品廠も恤兵部と併行して恤兵はがきの発行を続けていました。しかし、ただでさえ資材が決定的に不足する中で重複事業は不合理です。恤兵部は1943(昭和18)年、ついに恤兵はがきの発行から手を引きます。以後は敗戦まで需品廠だけが陸軍の恤兵はがきを製造・供給しました。

上記のような知見をGANが得たのは最近のことで、ネタ元は相変わらずJACAR(アジア歴史資料センター)です。この流れを踏まえた『恤兵繪葉書型録』を作ろうと考えています。満州事変以後に陸海軍当局・部隊と逓信官署が発行した膨大な量の恤兵絵はがきをすべて分類しようという壮大?な企てです。果たして完成までたどり着けるのか。あまり(≒ほとんど)期待せずお待ちください。
posted by GANさん at 22:05| Comment(2) | ステーショナリー | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
恤兵部のカタログは、期待しています。抜けていても不完全でも構いません。足がかりになるものをまとめて戴けたら。
Posted by ヤマザキ at 2020年03月10日 17:51
>ヤマザキさま

まるで八百長レースのように、GANの考えていることをそっくりヤマザキ様に代弁していただきました。ありがとうございます。GAN自身のコレクションは極めて貧しいものですが、後の方のためのご参考に少しでも役立てれば、と考えています。参考情報などをお持ちでしたら、ぜひお知らせください。
Posted by GANさん at 2020年03月10日 18:07
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