2020年03月29日

この郵便物は消毒済です

消毒済1.jpg消毒済_04.jpg貼られた切手を抹消してその郵便物を引き受けたことを示す通信日付印(消印)を代表に、パクボー印や停車場印、箱場印や川支印などは引っくるめて「郵便印」と呼ばれています。料金不足や航空など取扱種別を表す印、太平洋戦争中や米軍占領期の検閲印なども、むろん郵便印とするのが郵趣家の常識です。

非常に幅広く使われている「郵便印」ですが、では郵便印とは何か、どう定義されるかは、少し難しい問題を含んでいると、GANは考えます。例えば、官公署が受取人の際によく使われる受領印、監獄の看守や女子寮の舎監が押す検閲印なども郵便印なのか。これらは定義次第で郵便印としての当否が分かれます。

似た例として消毒印の問題があります。明治、大正時代がほとんどですが、「消毒」「消毒済」などの印が押された郵便物の存在が知られています。数十年も昔、「消印とエンタイヤ」の時代から報告されていました。郵便印と認識していた人たちが一定程度はいたはずですが、最近では郵趣界で取り上げられた例を見ません。

外国のケースでは、アメリカで2001年の同時多発テロ事件の直後に炭疽菌入り郵便物によるバイオテロ事件が起き、一定の郵便物を消毒して配達しました。細菌やウイルスの知見に乏しかった明治期の日本でも、コレラやペストなどの感染症が郵便物を介して広まるのではないかと恐れました。

右上に示したはがきは水戸上町局で10月30日に引き受け、群馬県玉村に宛てられています。はがきが紙幣寮銘であること、東京局の中継印が辛うじて「一二」と読めることから明治12(1879)年の使用と確定できます。表面右中央部に「消毒済」の朱印があります。この印がどこで押されたかは不明です。

明治12年は全国でコレラが大流行した年でした。各地に次々と避病院(隔離病舎)が建てられ、大規模な消毒作業が行われたようです。これらに反対する農民が暴徒化して「コレラ一揆」まで起きたといいます。確定する資料は未見ですが、郵便の現業局所でも郵便物の消毒に当たっただろうと想像するに難くありません。

皇宮警察1.jpg皇宮警察3.jpgの封書は明治41(1908)年3月13日に沼津局で引き受けられ、裏面着印によれば京都荒神口局に翌14日に着いています。発信者は沼津御用邸、宛先は宮内省主殿(とのも)寮京都出張所です。封筒の左側中央部に二重丸型「皇宮警察/消毒」の大型朱印があり、出張所を警備する皇宮警察が消毒処置したことを示すとみられます。当時は衛生取締も警察の所管でした。
高輪御殿.jpg
これより前、明治35(1902)年に京浜地方でペストが発生し、数年間にわたって流行が続いたようです。ネズミを通じて伝染すると信じられ、駆除策として役所がネズミ捕獲を勧め、1匹5銭で買い上げたといいます。このペスト禍に関係すると考えられる記事が明治39年8月7日付「逓信公報」告知欄にありました(右図)。

東京・芝の高輪御殿宛ての郵便物は直接御殿には届けず、皇居内の宮内省消毒所に配達せよ、つまり芝局でなく麹町局に送れという指令です。当時の高輪御殿には明治天皇の皇女2人が住んでいました。皇室関係の到着郵便物はいったんすべて消毒所に回すよう宮内省の要請があり、逓信当局が特別措置をとったことが示唆されます。

話を振り出しに戻しますが、現在のGANの考えでは郵便印の定義は「郵便物の引受から配達に至る逓送中に押された、取扱に関わる一切の印章類」です。ここで示した2通の郵便物の消毒印も、名宛人が受け取った後に押された明確な証拠がない限り郵便印です。現今のコロナウイルス禍では郵便にも被害が拡大するのでしょうか。

消毒済-1.jpg追記】(2020.05.24) 本稿は、今回のコロナウイルス禍との関連で「確かスペイン風邪の『消毒済』エンタイアがあったはず」と貧しいコレクションを探したのがきっかけでした。それはなく、代わりに出てきた2通のエンタイアをここに記載しました。ところがつい昨日、偶然開いたシベリア出兵の軍事郵便アルバム中に目指す「スペイン風邪もの」を見つけました。3点目の「消毒エンタイア」として追加してご紹介します(上図)。
消毒済-2.jpg
民間人旅行者が北樺太のアレクサンドロフスクから発信した絵はがきです。第50野戦局で大正11(1922)年8月7日に引き受けられ、東京の宮内省文書課長に宛てられています。文面などから、発信者はあるいは宮内省の高級官僚かも知れません。はがき右側空白部に角枠「消毒濟」朱印(左図)が押されています。東京に着いて押されたのでしょう。「消毒エンタイア」はやはり皇室・宮内省関係に目立ちます。

スペイン風邪は1918年から世界中に広まったインフルエンザの一種です。ウイルス起因のパンデミックという点で今回の新型コロナの「大先輩」に当たります。第1次大戦に参戦した米軍兵士がヨーロッパに持ち込んだのが発端とされ、日本では1921年7月まで3回にわたる大流行のピークがあって38万人が死んだそうです。

このはがきは国内での第3波が終わって1年後のものですが、次の流行への警戒は更に続いていたのでしょう。スペイン風邪防止のための消毒とみて間違いないと思います。

追記】(2020.07.15) 別の用件で逓信公報を調べていて、偶然に郵便物消毒の根拠らしい規定のあることに気付きました。1900年10月1日に施行された郵便法(明治33年法律第54号)に次のような条項があります。
第9条 郵便物検疫ヲ受クヘキ場合ニ於テハ他ノ物件ニ先チテ直ニ検疫ヲ受ク
前身の郵便条例時代も含めて、もしこれが適用されているのだとすると、消毒印も郵便印の一部だと言える根拠を得ることになります。その場合はこれらを一括して「検疫郵便」という名称が生まれるかも知れません。
posted by GANさん at 03:22| Comment(0) | 郵便印 | 更新情報をチェックする
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