2017年10月19日

満鉄楕円欧文印の使用局

行動局改.jpg畏友・片山七三雄氏が郵便史研究会紀要『郵便史研究』第44号(2017年9月)に新論文を発表しました。「南満州鉄道の欧文鉄道郵便印を使用した『局』は何か ─突然現れて突然消えた翻訳語を追いかけて(1)─」と、とてもアトラクティブなタイトルです。

10ページもある論文は一読して意欲的力作と分かるのですが、高度に難解です。幸い、月初に開かれた郵便史研究会の総会で片山氏の同題の講演があり、傍聴しました。氏の学たるや古今東西に飛躍するに対し1時間の持ち時間はチョー短くて、やはり難解。「何が分からないのかも分からず」状態に陥ってしまいました。

片山氏の問題意識「この欧文印を使った第1・第2行動局とはどういう性格の局か」だけは辛うじて共有できたかと思います。片山氏は主に逓信公報の記事に語学上の考察を加えた形而上学的視点からの解明を試みました。GANは同氏とは別の資料からアプローチして郵便史的には既に結論を得ています。ルートは異なるものの、帰結としては片山氏とほぼ同じだろうと考えます。

その資料とは、関東都督府が外務省に各期ごとに提出した業務報告書です。都督府は関東州租借地と満鉄付属地の統治機関で、外務省(または拓殖局)から政務上の監督を受けました。業務報告書は外務省外交史料館に残り、アジア歴史資料センターでネット公開されています。GANはJAPEX '04に「日露戦争」を出展した際、第128リーフ「日本初の行動局」のカバー(上図)のキャプションをこれに依りました。

関東都督府が報告した『明治44年度自4月乃至9月期 諸般政務状況』中の「通信事務」の部に次の記事があります。
行動郵便事務開始 欧州直通急行便ト連絡スヘキ我南満鉄道急行列車ニ依ル郵便物ニシテ管内及朝鮮北清等ヨリ発スルモノハ交換手続を了スル必要上一応之を長春郵便局ニ持込ミ欧州ヨリノ着便亦一旦長春郵便局ヲ経由セシムル結果共ニ当該便ニ結束ヲ失スルコトヽナリ少ナキハ一日大キハ三日以上ノ遅延ヲ来シ一般ノ不便甚シカリシカ本期九月一日以降上下急行列車便ニ行動郵便事務ヲ開始シ外国郵便交換事務ヲ取扱フコトヽナシタル為叙上ノ不便ヲ全ク芟除スルヲ得タリ
それまで、欧州宛て外国郵便物は満鉄線終点の長春駅に到着後、すべて長春局まで運んで区分・閉嚢処理をしてロシア寛城子局側に引き渡していました。9月からは急行列車搭載の満州、朝鮮、北清(華北)発郵便物に限り、奉天-長春間郵便車の行動局で郵便掛員が区分・閉嚢締切作業を完了させ、寛城子駅でロシア側に引き渡す、というのです。

日本内地からの便は東京、門司などの各交換局で既に完全な閉嚢に締め切って送られて来るので、行動局内ではいっさいの処理作業が不要でした。長春駅と寛城子駅間には連絡線があり、すべての郵袋は寛城子始発ロンドン行き直通急行列車に簡単に積み替えられます。これで1-3日間を短縮できました。欧州発の逆方向便はすべてが長春-奉天間の行動局内で処理されました。

続く明治44年度下半期の報告には「外国郵便交換の車中取扱事務を長春局から分離し、独立の交換局として第1行動局、第2行動局を設置した」との趣旨の記事もあります。この行動局独立は安奉線の広軌化が完工(明治44年11月1日)して奉天が名実ともに満鉄線の中心となったことを受け、鉄道郵便事務を奉天局に集中させるのに合わせて45年3月21日に実施されました。

ここで「行動局」とは「移動局」と同義です。通常の「固定局(定置局)」とは異なり、移動しながら取扱をする郵便機関を指します。日本郵便史上では船舶、鉄道、自動車内のほか野戦郵便局が開設されました。郵便掛員だけが乗務して扱う場合も業務上は「局」と見なすこともあります。外国との接続路線の多くでは外国郵便交換業務も扱いました。「第1、2行動局」の場合は普通名詞でなく、交換局としての固有名詞である点で特異です。

以後、第1、2行動局の鉄道郵便掛員は身分上は奉天局員ですが、外国郵便交換業務に限っては正式な交換局として単独の判断で処理できることとなりました。満鉄線はゲージ(軌道幅)が狭いため広軌の東清鉄道に列車を乗り入れることができません。東清鉄道「ヨーロッパ急行」との連絡を最速でスムーズに行うための「現場ファースト」の処置だったと思われます。

最後になりましたが、上図のカバーは朝鮮・西大門局明治45年(1912)3月15日引受のフランス・マルセイユ宛て書留5倍重量便です。奉天-長春間の第1行動局が3月17日(日曜日)に処理して書留ラベルを貼り替え、封の左上部にこの欧文印を押して閉嚢に納めています。朝鮮発欧州宛て書留郵便物には必ず押される、この印の典型的な使用例です。
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2017年09月17日

神田『野戦局々名目録』

局名録01.jpg局名録02.jpg100年以上前の郵趣の大先輩がまとめた我が国初の軍事郵便研究書を最近のヤフオクで入手しました。1913年(大正2)に神田柳吉氏が自家出版した『野戦局々名目録』です。存在は知られていましたが、実物が世に出たのは、少なくとも戦後は、初めてではないでしょうか。

これは小型の和本で、上質な和紙に活版印刷され紺色の平紐で綴じられています。判型はJIS規格以前の菊判の半裁というのでしょうか、15.6×11.5㎝でA6判とB6判の間です。表紙を除く本文15葉(30ページ)、うち2葉は挿絵です。奥付に「大正2年5月26日発行、発行者・神田柳吉」と記されています。

局名録03.jpg内容は日清・日露戦争と明治36年大演習で実際に使われた野戦局(艦船郵便所を含む)印の局名リストが主体です。附録として、日露戦争の野戦局で使われた朱色と紫色の色変わり印、記念印のリストもあります。日清戦争で20局、大演習の全6局、日露戦争では164局もの局名が挙げられています。

日露戦争の野戦局が全廃された1907年(明治40)からわずか6年後でこれだけの局種・局名を集めたとは、大きな驚きです。神田氏は他にも郵便日附印、記念日附印(特印)使用の公達、特設局開設告示、郵便税消印番号印(記番印)リスト等々を同じ体裁で続々と自家出版しました。日本郵便印・郵便史研究の偉大な先蹤者です。

印刷技術上の制約からか、この本には印影図が採録されていません。代わりに、軍名、日付、局名を2本の区画線で3段に区切って丸二型野戦局印を説明しています(上図左ページ)。神田氏は後にこの本の増補改訂版とも言うべき「野戦郵便局日附印形式及局名」を郵趣誌『郵楽』に連載(1916-7年)し、そこでふんだんに印影写真を載せました。

この本は神田氏の自家出版本の大部分を収めている郵政博物館資料センター(旧「逓博」)にもありません。吉田景保氏の労作『日本の郵趣文献目録』(1973年)にはタイトルなどが採録されていますが、どうも現物は見ていないようです。題名、編者名がやや不正確な上、消印大好き人間だった吉田氏が内容に一言も触れていないのはヘンだからです。

以上のようなわけで、この『野戦局々名目録』は単に稀覯本というだけでなく、GANにとっては先達の足跡をたどる上で欠かせない第一着の文献です。大事にしたいと思います。
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2016年08月30日

印判付き飛脚状の大集成

飛脚表紙.jpg飛脚状の収集で知られる山崎好是氏が最近、40年近くに及ぶコレクションを中心に展開した『飛脚-飛脚と郵便-』を出版しました。この方面には無知のGANですが、素人目にも興味をそそられる、大変な労作と映りました。

山崎氏は飛脚業者の店名を表す印判、「店判」が押された飛脚状を中心に収集してきたようです。それを業者の営業形態(継飛脚、三度飛脚、定飛脚、米飛脚など)と逓送路(街道筋)の2次元により、理屈でなく飛脚状の現物について整理、紹介しています。分かりやすさの原因はこの辺にあるのかも知れません。

掲載されている飛脚状は全体で300通近くにもなるでしょうか。その大部分はアルバムリーフ形式にアレンジされ、カバーごとに1ページを使って店判の印影図と簡潔な説明が添えられています。店判図は264種を収録したといい、描き起こしの裏作業のための大変な時間が想像できます。

飛脚中頁.jpgその店判を持つ飛脚状ですが、全国漏れなくカバーしているのが壮観です。逓送路でいうと、京阪奈と東海道筋はもちろんのこと、美濃路、伊勢路、西国筋を小倉まで、信州・中山道、野州・奥州道中を宇都宮まで集められています。この過程で、地方史などの渉猟から各宿駅、各時代ごとに多くの飛脚業者名を発掘し、リストに整理されています。

著者自身の最大の関心は、飛脚と創業直後の郵便との関わりにあるようです。初期郵便史の研究者が随喜しそうな「飛脚が関与して逓送された郵便」15通が紹介されています。各博物館の所蔵品も網羅して、これが今日知られるコンビネーションカバーのすべて、なのかも知れません。

掲載されている飛脚状は全体で300通近くにもなるでしょうか。その大部分はアルバムリーフ形式にアレンジされ、カバーごとに1ページを使って店判の印影図と簡潔な説明が添えられています。全国194業者の店判264種の印影を収録したといい、描き起こしの裏作業のための大変な時間が想像できます。印影の図版がことに多いことも、この本の大きな魅力です。

その店判を持つ飛脚状ですが、全国漏れなくカバーしているのが壮観です。逓送路でいうと、京阪奈と東海道筋はもちろんのこと、美濃路、伊勢路、西国筋を小倉まで、信州・中山道、野州・奥州道中を宇都宮まで集められています。この過程で、地方史などの渉猟から各宿駅、各時代ごとに多くの飛脚業者名を発掘し、リストに整理されています。

著者自身の最大の関心は、飛脚と創業直後の郵便との関わりにあるようです。初期郵便史の研究者が随喜しそうな「飛脚が関与して逓送された郵便」15通が紹介されています。各博物館の所蔵品も網羅して、これが今日知られるコンビネーションカバーのすべて、なのかも知れません。

創業直後の官営郵便は、北海道から九州に至る全国主要地を最短時間で結ぶことを至上命題としました。幕府以来整備されてきた五街道が主要逓送路となり、その先やそれ以外に手が回りません。逓送路からはずれた枝道、傍道、僻陬の地にまで郵便を届けるにはどうするか。存亡の危機に遭遇した飛脚業者のサバイバル(短期に終わりますが)ぶりがカバーから手に取るように分かり、新鮮です。

官営郵便に張り合ったり折れ合ったりと、ビミョーかつ複雑な関係を持った地方独自の通信制度にも抜かりない目配りがされています。土佐の村送りは別として、北条県の郵伝制度、愛知県半田の特別地方郵便制度のシステムなどは初めて知りました。

ところで、私たちが日ごろ目にする飛脚状は、店判はおろかハンコの一つさえ押されていないものが大部分です。山崎氏によると、東日本では飛脚状に店判を押すことは通常はなく、飛脚が運んだかどうかすら疑われる、ということです。歴史的資料のはずのこれらスタンプレスカバーを放置してよいか。カワイソー、とGANなどはついつい思ってしまうのですが。

『飛脚-飛脚と郵便-』 〔山崎好是コレクション〕
山崎好是著、鳴美刊(2016年7月)、B5判320ページ、7,407円
著者は1958年生まれ。郵趣品と観賞魚の売買と関連書籍出版業の株式会社鳴美代表取締役。大学の卒論は「絹の道と郵便」。飛脚状収集家。郵趣関係と観賞魚関係の編著書多数。
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2016年04月30日

軍事郵便の通称号研究書

Apr28&02.jpg太平洋戦争中の陸軍軍事郵便を解析するためには、発信用のアドレス表示として使われた兵団文字符と通称番号の知識が欠かせません。郵便史研究家の故裏田稔氏は1990年代、「軍事郵便にみる兵団文字符と通称号」のタイトルで軍事史研究者の団体「史実研究会」会報に軍事郵便エンタイアの実例を示して研究記事を連載していました。

ここで「兵団文字符」とは、太平洋戦争期、旅団以上の規模の部隊に付与された漢字1文字(末期には2文字も)の符号です。第16軍=「治」、第2師団=「勇」のように使われました。

一方、「通称番号」は独立小隊以上の全部隊ごとに付与された4桁(後期には5桁も)の番号です。正式な建制部隊名に代えて南方軍総司令部=「第1601部隊」、飛行第61戦隊=「第9604部隊」のように使われました。いずれも軍事行動の秘匿のためです。

実際の軍事郵便では、兵団文字符と通称番号を組み合わせた「部隊通称号」の上に、さらに「派遣方面名」を冠記して使いました。例えば「ジャワ派遣勇第9604部隊」で初めて完全な軍事郵便の発信アドレスとなります。この派遣方面ごとに交換局が、例えば「ジャワ派遣」なら門司局といった具合に決まっていました。

裏田氏のこの連載記事は一部の軍事郵便コレクターや協力者に配られ、「知る人ぞ知る」存在でした。しかし、裏田氏が亡くなられた後、業績は埋もれかかっていました。最近になって秋田市のコレクター浅野周夫氏がご遺族の了解を得て編集・復刻し、関係資料も加えて出版されました。

本書には1ページ1点の形式で、陸軍関係約300点、海軍区別符関係約100点のエンタイアが陸軍史(戦史、部隊編制)研究者大内那翁逸氏の協力も得て解説されています。付録として、終戦時の師団・旅団一覧、歩兵連隊の番号順一覧、基幹歩兵連隊史などの資料もあって検索に便利です。

この本さえあれば直ちにすべての軍事郵便の「素性」が分かる、というものではありません。しかし、ここで採られている裏田氏の解析の手法を応用すれば、個々の軍事郵便の調査をいっそう深めることができるでしょう。軍事郵便で使われた通称号が書物になるのは初めてのことです。多年のご苦労の末、刊行にこぎ着けられた浅野氏のご努力に敬意を表します。

『日中戦争・太平洋戦争期における実例による軍事郵便解析の手引き』
裏田稔・大内那翁逸共著、浅野周夫編集、自費出版(2016年4月)、A4判454ページ、4,500円
裏田氏は初期の『消印とエンタイヤ』誌などを舞台に、中牛馬、機械印、軍事郵便など多方面で活躍した高名な郵便史研究家(1931-2002年)。大内氏は大著『旧帝国陸軍編制便覧』の共同執筆・編集者。(浅野氏の連絡先は秋田市八橋イサノ2-3-22)
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2016年03月28日

日本の「飛脚」知る入門書

筆者(GAN)は日本の飛脚についてはまったく無知な門外漢です。しかし、かねてからいくつかの関心を持っていました。主なものは3点。

 1. 流通サービス業としての飛脚業はどのようなビジネスモデルを持っていたのか(信書、モノ、カネの輸送組織と利益構造)
 2. 郵便事業の存在を意識した場合、「飛脚」「飛脚業」はどう定義出来るか(郵便と飛脚との決定的な相違点は何か)
 3. 飛脚状を収集する場合、どのように分類すれば普遍性、合理性を持てるか(組織的コレクションとして成り立つ可能性はあるか)

これらを一気に解決する本はないものかと安易にも求めていたのですが、なかなかその意を得ることはできません。学者や飛脚状コレクターなど先学は、いずれも「飛脚」という概念をアプリオリな、「天与の存在」とでも捉えているようです。筆者が求めるような初歩的な知識について改めて述べているものは見当たりませんでした。

courier.jpg昨年、飛脚状コレクターとしても著名なディーラーの山崎好是氏に本書(末尾の要項ご参照)を紹介してもらい、最近読了しました。もちろん、上記3点を一挙解決とはいきませんが、筆者が目にしてきたどの著述より素人にも分かりやすく書かれています。日本の飛脚一般の入門書と言えるかと思います。

これまでの飛脚本や論文のように専門的な個別・特殊例の説明に終始するのではなく、一般的な通史も交えて普遍的に述べようと努めている態度に好感を覚えます。基礎的な知識を与えてくれる良書です。

本書は全10章からなりますが、筆者にとっては中でも
 第3章 三都の飛脚問屋
 第4章 飛脚ネットワーク
 第6章 輸送システムと飛脚利用
が有益でした。

特に、江戸時代後期の飛脚業者のリストが三都(京、大坂、江戸)を中心に、「江戸六組飛脚仲間」「江戸の町飛脚」「西国筋飛脚」「飛脚便宜鑑(京の業者)」「京羽二重(同)」「難波丸綱目(大阪の業者)」「江戸定飛脚仲間」などと一覧表にまとめられているのが見やすく、ありがたいと思いました。資料性が高く、とても便利です。飛脚状に押されている取扱業者の印判を読み解くさいの手がかりとして威力を顕しそうです。

ひとつ残念だったのは、
「第10章 幕末維新期の飛脚」 の部分です。飛脚と郵便の関係について、最新の知見に基づいた積極的な論考を期待したのですが、筆者を納得させるものではありませんでした。前島密の「自画自賛噺」批判はよいのですが、それから脱却し、大胆に再構築した「郵便創業と飛脚の『協業』」についての立論を読ませてもらいたいものです。

『江戸の飛脚 人と馬による情報通信史』
巻島隆著、教育評論社刊(2015年)、B6判384ページ、2,600円
著者は1966年生まれ。「近世における飛脚問屋の研究--情報・金融・流通・文化の地域間交流」で博士号を得、群馬大学非常勤講師。郵便史研究会の会員として同会「紀要」に論文を発表しておられ、ご存じの方も多いと思います。
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2014年04月28日

最近の情報10周年記念誌

OSADA.jpg「清水の親分さん」こと「小判振舞処」主宰者の長田伊玖雄氏が編集・発行した「最近の情報発信10周年記念」誌が届きました。ちょうど検査入院する当日だったので、「これこれ」と入院グッズに加えて病院に持ち込みました。

検査待ちの退屈しのぎにちょうどいいかと思ったのですが、とんでもない。内容の重厚さに圧倒され、入院患者特有のボケ(院内感染性集中力欠損症)も加わって、精読には程遠いまま退院してしまいました。それから2日経っても、まだ完読出来ていません。

といった言い訳を前提に、小判にはまったくの門外漢の立場から、僭越ですが紹介と感想を書かせていただきます。

記念誌はA4判212ページ。小判振舞処の発行で、発行日は2014年4月吉日となっています。カラーコピーやデジタル画像を駆使し、オンデマンド方式によりオールカラーで印刷されています。一部を除くほとんどを長田氏が文字入力されたのでしょう。ページの編集と併せ、大変なご苦労だったと思います。

「最近の情報」はご存知の通り、小判切手収集家の情報や調査研究結果の共有通信の性格があります。記念誌には、伝統郵趣、文献資料、郵便史の3部門に分けて大小29編の報告ないし論文、それにアルバムリーフ紹介が載っています。

GANがチラ見した限りで最も興味深く、印象に残ったのは佐々木義郎氏「北上川の舟運」でした。太平洋廻りや琵琶湖上などの船便や舟便は聞き知っていましたが、それと同じ楽しみ方が川の舟運便でも出来ることを教えていただきました。

ただ残念なことに、説明地図がありません。この種の記事には各地名の位置関係が大事。地理に疎いGANにはもひとつピンと来ず、隔靴掻痒の感がありました。ごく簡単な略図でも添えられていれば、読者の理解は一層深まるでしょう。

コレクションとしては片山七三雄氏「鉄道停車場内設置の電信取扱局所と小判切手」に脱帽しました。郵便史的ハンコの収集としては、もう完集寸前のところまで来ているではありませんか。調査はもちろんですが、ブツの入手に大変な時間と労力をかけて来られたことが推察できました。

伝統郵趣では、井上和幸氏「小判8銭2次原版のプレーティング」が、重要なポイントが素人にも分かりやすく書かれ、興味深く読めました。田中寛氏「明治35年の赤二」は、さすが大ベテランは眼の着け所が違う、と唸らされました。文句なく面白いし、収集家にさり気なく新たな集め方のヒントを提供してくれています。
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