2017年09月14日

満州国が軍人用はがき?

gg.png「偽満州国の軍事郵便はがき」という触れ込みで、怪しい櫛型印を押したブツが9月17日終了のヤフオクに出品されています。出品者の説明によると、通常はがきと同じ大きさの紙片の表に暗黄褐色で左図のように印刷されているそうです。

中央に大きく、交差させた歩兵銃の下に「軍人専用」の文字のある軍帽が白抜きで描かれ、この図案の上部に「満州帝国軍事明信片」、下部に「康徳十一年・新京」の文字があります。「明信片」は中国語で郵便はがきを、康徳11年は「満州国」年号で1944年を意味します。

裏面は白紙で、中央部に下図のような朱印1個だけが押印されているといいます(裏面全体の画像はありません)。一見して日本の関東逓信局が設置した鳳凰城局の大正5年(1916)か昭和5年(1930)の日付印のような形式をしています。

xx.pngところが、出品者はなぜかこれを「偽満洲国で発行されたはがきに中華民国25年の押印」と説明するのです。民国25年は1936年に相当します。満州国のはがきに日本局の日付印というのに、なぜ突然中華民国の年号が登場するのか。「25」や「1936」などという数字があるわけでもなく、根拠不明です。

仮に民国25年とすると、1936年に鳳凰城局の日付印を押した用紙を保存しておき、8年後に「軍事明信片」などの印刷をしたことになります。あり得ない時間の逆転です。恐らく出品者(=製作者?)は「康徳年号に14を加えると民国年号」と誤って思い込み、印刷の「康徳11年」に合わせたつもりなのでしょう。実際には、14を加えると民国年号になるのは昭和年号なのです。

ニセモノと断定できる決定的証拠は、A欄の「鳳」とD欄「満」が簡体字であることです。簡体字は戦後成立した新中国で1956年に中国人民の知的向上を図って採用された新字体です。日付印の「5」が大正でも昭和でも、あるいは民国や康徳年号であろうと、戦前にこの「鳳」「満」字体は決してあり得ません。また、明らかなゴム製印ですが、満州の和文印にゴム製は存在しません。

そもそも満州国でこんなヘンテコな「はがき」など発行された事実自体がありません。では、この空中楼閣的偽造品はだれが作ったのか。製作者の正体は「語るに落ちる」です。簡体字以外の字体の存在さえ知らない夜郎自大ぶり、特有の「偽満洲国」という表現。--この2点から中国人、それも新中国で生まれ育ち歴史問題に全く無知な中国人の仕業であることが明らかです。

追記(2017.09.18) この品は9月17日夜の締め切りでしたが1人も入札がなく「不落」でした。しかし出品者(製作者?)は直後に臆面もなく再出品しています。ヤフオクには自動再出品のシステムがあるので、カモが食い付くまで繰り返すつもりなのでしょう。公開されている「悪い」評価のやりとりを見る限りでは、出品者はちょっとアブナイ人のようです。
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2017年05月12日

懲りないニセ南洋印

サイパン兵站3.png昨秋、2016年10月2日の記事でテニアンの空中楼閣的なニセ消印について書きました。同じ偽作者が懲りもせずに今度も南洋サイパンのニセ消印を新作して、またヤフオクに出品しています。締め切りまで日がありますが、あまりにも悪質なので敢えて記します。

このニセ印も櫛型印を模していて、上部に「航空兵站」、下部に「サイパン」と左書き(!)で入り、日付は「18.10.17」。櫛型のようなデザインが最上部と日付の下部にあるのが珍妙です。前回テニアンと同じフォントの日付活字を使い回したチープ感あふれるゴム製で、ニセ印はバレバレです。

出品者は「商品詳細」として次のような説明を載せています(原文のママ)。
◆曾祖父が残してくれたものですが、これに付きましては、歴史的符号箇所もそこそこにあるのですが、現時においての言われ等、郵駿諸氏の御洞察を仰ぎたいところです。
◆さてさて、御了承の上、御入札願います。
この人の悲しむべき国語力の貧困ぶりについては、このさい措くとします。許しがたいのは曾祖父という3世代前の人のコレクションだという破廉恥なウソを堂々と書いていることです。「伝世品であり、従って真正品」と誤認を誘い、故人(たぶん)に責任転嫁する逃げ様が卑怯です。

「歴史的符号(日本語『符合』の誤り)箇所もそこそこにあるのです」もまたホラ話。軍事史でも郵便史上でも歴史的事実にマッチする点など全くありません。このようなハンコが使われた実例が他にあるとでも言うのでしょうか。あるなら、ぜひお示し願いたい。謝罪して拙ブログを廃止し、蟄居謹慎いたします。

こんな荒唐無稽な偽造印でも、ネット上では関心を寄せる記事が見られます。「もしかしたら何らかの事情があって現地調達した変種印かもしれない」などと訳知り顔の解説まで現れる始末です。ん? この書き込み、「もしかしたら」偽作者・出品者グループの自作自演だったかな。さもなくばサクラ・ヤラセの類か。ご用心を!
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2016年11月22日

ニセモノ罹災、非常通信

44.png11.png11月22日夜締切りのヤフオクに関東大震災の「罹災通信」と台湾・霧社事件の「非常郵便」のニセモノが計4点(左図)出品されました。いずれもスタンプレスカバーで偽造品としては稚拙ですが、相場より1桁小さい額ですべて落札されました。

罹災通信は千住局大正12年9月11日印のはがきと神、田局9月13日印の封筒で共に同じ角枠黒色「罹災通信」印が押されています。33.png22.png

また、非常郵便は霧社局昭和5年12月12日印の絵はがきと同局11月15日印の封筒で、共に角枠赤色の「非常郵便」表示があります。「非常郵便」は印ではなく、角枠も含めペン書きです。

4点のうち千住の罹災通信は『JAPEX'93記念出版 関東大震災』掲載のエンタイア写真(p.23)を表裏共に模写したものです。ホンモノは「罹災通信」が赤橙色の孔版印刷ですが、こちらは黒印で「代用」しています。

ほかの3点は差出人が異なるのにすべて同一筆跡による同色(ブルーブラックか黒色、それと赤色)のペン字です。しかも封筒2通は、ステーショナリーとして同じもののようです。しかし、1点1点を遠目にすると、エンタイアとして良さそうには見えます。

千住印.pngこれら4点には不自然な「手書き」の多用が共通しています。日付印の外枠と日付活字の一部は実物印顆を流用しているようですが、局名、時刻帯を含むA・D欄(上部印体)、C・E欄(下部印体)すべてが手書きです(左図)。外枠と日付部の桁には墨入れもしています。年活字がないようで、「12」年は月日活字の流用、「5」年は手書きです。櫛歯まで手書きとはご苦労千万ですが、余りにも下手なのでバレバレです。

出品者は「身内の収集品です。ご自身の判断でご納得の上でのご入札を」と最初からエクスキューズを入れています。GANはさっそく日付印や筆跡について質問してみました。回答は「遺品整理品につき、正直詳しい入手経路など分かりかねます。」と確信犯お決まりの逃げ口上。後は何を質問しても頬被りのまま締切りに持ち込みました。

罹災通信や非常郵便の実際のコレクターはこれらに手を出さなかったでしょう。それでも落札した人は初心者でしょうか、はたまた、出品関係者か。いずれにせよ今回は質の低いforgery(模造品)でした。専門家をも欺いて横行する「空中楼閣的ニセモノ」よりはまだマシだったと言うべきかも知れません。
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2016年10月02日

え、テニアンに「第Ⅲ軍」?

テニアン.png左の画像は10月2日夜締め切りのヤフオクに出品されたテニアン局のニセ日付印です。台切手が南洋などで使われたはずがないコイル切手ということもあって?、7人もが応札して13,100円という高値で落札されました。

この印はA欄「テニアン」、B欄「14.8.13」、C欄「第Ⅲ軍閲」、D欄に櫛型が入っています。E欄はC欄と区画する弧線がなく、櫛型印としては「初見」の3枚の花弁のような奇妙な模様になっています。

テニアン-2.pngC欄の4文字は消印の表現としては前例がなく、意味不明です。強いて解釈すれば、「第Ⅲ軍が検閲した」という意味を持たせようとでもしたのでしょうか。

一見してすぐ分かるように、真正印とは似ても似つかぬゴム印です。南洋の和文日付印にゴム印はありません(荻原海一著『南洋群島の郵便史』)。このような荒唐無稽の日付印が昭和14(1939)年のテニアン局で使われるはずもなく、空中楼閣という意味での偽造印です。土屋理義氏が唱えた例の「泰緬鉄道郵便」なるものの郵便印と同工異曲の存在です。

TINIAN.jpg右図は私蔵のはがきから採ったテニアン局日付印です。真正印はもちろん活印で、ニセ印とは片仮名と数字のフォント、櫛歯の高さなどすべて異なっていることが分かります。

GANは事前に出品者に対し、「テニアン局でこのような意味不明のゴム印が使われた事実はない。日本陸軍がローマ数字の「第Ⅲ軍」など編成した事実はない。「第三軍」だったとしても、昭和14年にテニアンに進出した事実はない」と指摘しました。「明らかなニセモノだから引き取りなさい」という趣旨です。

これへの回答は、ニセモノ出品者がいつもする常習的な言い分でした。「その品物に価値を見出すか否かは落とす方が決めることです」。同様な疑問を呈した別の人への回答でも「曾祖父のコレクションをそのまま出した。心配なら入札を控えて」です。いずれも指摘に対する反論はなく、「誤解」を解く真似すらしていません。これはかなり開き直った「確信犯」というほかなさそうです。

くどいようですが、日本軍事史上で「第何軍」というのは戦時だけの臨時編成軍です。まったく逆方向の満州で関東軍隷下に第三軍が編成されたことはありますが、平時の南洋に「転戦」した事実などありません。また、日本郵便史上で郵便切手の抹消(引受)と検閲とが一体化された日付印など1件もありません。
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2016年07月26日

またニセ消印でバレバレ

赤坂.pngまたまた乃木将軍の「ご真筆」をうたった真っ赤なニセはがきがヤフオクに登場し、結構なお値段が付きました。出品者も応札者も、いつまでも懲りないように見えますが、実際は「やらせ」の「釣り上げ」ではないかとGANは疑っています。

7月23日に終了した「乃木希典直筆葉書」なるものが、62,000円で落札されました。文字そのものがいけませんが、GANがニセと断定できる根拠は、押されている赤坂局の消印があり得ない偽造印だからです。

本当に将軍が書いたものなら偽造印など面倒なものを作って押す必要などない。「ホンモノですよ」と赤坂局に「箔を着けて」もらうため、実際に使われたように見せかける必要があった、という理屈です。
aka.png
この消印は絵はがきに貼られた菊1.5銭切手を抹消するために押されています。「赤坂 42. 8. 5 前6-9」とあり、東京の赤坂局で明治42年8月5日午前6-9時の間に受け付けたことを表します。

これが、真正印とは活字のフォントがまったく違うのです。櫛歯の形や日付欄の横桁の太さなども変で、アヤシイ雰囲気が漂います。一見しただけで分かる典型的な偽造印です。

まず最大のバレバレは、局名「赤坂」のフォントが明朝体であることです。櫛型日付印の漢字フォントは原則ゴチック体で、明朝体の消印は日本内地にはありません。また、明治期の日本内地で「前6-9」という時間帯も存在しません。全国どの局も午前5時から始まるので、3時間刻みなら「前5-8」や「前8-11」しかないのです。

更に、郵便物を1日10回以上集配する局は必ず1時間刻みにすることが定められていました。恐らく当時15回前後の集配をしていたと考えられる東京市内の局である赤坂も当然、「前6-7」や「前8-9」でなければなりません。3時間刻みというのは、最も郵便物の少ない田舎の局で使われた消印です。今年1月29日の本ブログで「XY2型」という”珍印”のあるニセモノをご紹介しましたが、それと同工異曲の代物です。

蛇足ですが、この時代の郵便物として到着印のないのもおかしい。裏面はアート紙に印刷された「(濱松名所)五社神社」と説明のあるカラー写真です。明治末期にアート紙やカラー写真は少し早すぎ、大正後半から昭和戦前期に製造されたものでしょう。

繊細で律儀な性格の将軍が、通信内容と無関係な静岡県の神社の絵はがきなど、たとえ手近にあっても使ったりするでしょうか。「乃木さんのこと、あんましなめんじゃねー」とGANは偽作者に言いたいです。
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2016年05月06日

「ポナペ加刷」の真実

1119.jpg今月末から来月にかけてニューヨークで開かれる「世界スタンプショウ」とは、よほど大きなイベントなのでしょうか。この催しに向けて欧米の主要な切手商やオークションハウスがたくさんの売り立てカタログを出しています。

珍品・稀品を売り物にしている高名な米国オークションハウスが5月5日にオンラインしたカタログに数点のひどい出品物を見かけました。ドイツ切手に英文タイプで加刷し、日本の艦船郵便所印が押された、いわゆる「ポナペ加刷」です。戦前から存在は知られていましたが、100年後の今日までホンモノ面の厚顔さにあきれました。

図示したものはその一つ、ドイツ・カロリン群島用の10ペニヒ連合はがきです。印面に「I.J.O./Ponape/4 sen」の3行がタイプ印字され、ポナペ艦船郵便所で1916(大正5)年7月14日に引受けた島内有料軍事郵便、という体裁をとっています。料金が「2 sen」加刷のものもあります。これで下値が1,500ドル!

1115.jpg他に、「Japan/ocupy」と2行の同じタイプ加刷のあるカイゼルのヨット切手のオンピース2点も出ています。「ocupy」は英語「occupy(占領する)」のお粗末な誤りで、英語ネイティブがこのようなエラーを重ねるとは考えられません。日本人かドイツ人の製作であることを示唆しています。これから類推して、はがきの加刷「I.J.O.」は「Imperial Japanese Occupied(日本帝国占領下の)」の略語と思わせたかったようです。

幸い、第1次大戦中の日本海軍の南洋占領諸島における郵便活動については当局の詳しい報告が残っていて、今日ではアジア歴史資料センターを通じてだれでも自由にアクセスできます。それによっても、現地で切手類が不足したとか、そのためにドイツ郵政の切手類を再利用したなどの事実は全くありません。

南洋諸島の軍政期に、はがき料金が2銭や4銭だった事実もなく、郵便史上の事実にまったく反する存在です。これら一連のロットがすべて空中楼閣的なニセモノであると断定できます。郵便史上の知見からの疑義に何の反論も出来ないという点では、土屋理義氏らのいわゆる「泰緬鉄道郵便もの」と同工異曲の偽造品です。

お笑いなのは、これらのロットには10年ほど前にEicheleとかSchlesingerなる人が「真正品」と鑑定していることです。いったい何を根拠にそんな判断を下せたのでしょうか。2人がどれほど権威あるお方か、筆者は不明にして存じません。が、日本郵便史のイロハの「イ」も知らないような人たちに鑑定能力や資格などないことだけは確かです。
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2016年02月25日

珍「検閲印」4種が出現

2月21日終了のヤフオクに、これまで知られていない4種の「非常に珍しい」検閲印の押された書状が一挙に7点も出品されました。1点を除くすべてに応札があり、珍品としてはお安い値段で落札されました。もちろん、すべてニセモノ。どこぞの中央銀行がやっているマイナス金利預金にも匹敵する、持つのも恥ずかしい「負のアイテム」です。

検閲済.png陸軍省.png情報局.png海軍省.png実はこれら「珍印」は昨2015年中に2、3度、計10点近くが別のセミプロ業者によってヤフオクに出品されたことがあります。しかし、今回のように菊、田沢、1次昭和切手が貼られ、明治・大正・昭和の3代にわたる4種・7点が怒濤のように現れたのは「壮観」で、大いに注目を集めました。

この珍「検閲印」は次の4種類です。

 1、枠付き「海軍省許可済第五六五号」(赤色)+錨マーク(黒色)
 2、枠付き「情報局検閲済」(赤色)
 3、枠付き「陸軍省検閲済」(赤色)
 4、枠なし「検閲済」(赤色)

これらが押された書状7通の要目を【下表】(クリックで鮮明な別画面が開きます)に整理してみました。表の下は代表的なカバー例です。

珍検閲印.jpg

海軍省・小坂.png情報局・左京.png陸軍省・上田.png検閲済・秋田.pngこれらは真正の書状に最近作った偽造検閲印を後押ししたものです。郵便史上でこのような検閲が行われた事実はありません。空中楼閣的な意味での偽造品としては、GANがつとに指摘してきた土屋理義氏のいわゆる「泰緬鉄道カバー」なるものが想起されます。スケールでは劣るものの、今回の検閲カバーはそれと同工異曲の存在と言えます。

この7通の「検閲カバー」を偽造と断定する根拠は10項目以上を指摘できます。その内で、だれでも分かりやすそうな点に絞って簡単に述べます。

 1、3種に共通の「検閲濟」の文字は、漢字フォントがサイズ以外はいずれも同一。
 2、各印の印色は、7点すべてが赤色にやや黄味を帯びた水性インクで同一。
 3、「海軍省」印は明治45(1912)年から昭和15(1940)年までの28年間、「情報局」印は大正10(1921)年から昭和16(1941)年までの20年間、全く同一の印顆が使われている。いずれも相応の経年感がなく、印材(ゴム)に劣化すら見られない。
 4、情報局は昭和15(1940)年に設立された政府機関で、大正期には存在しない。
 5、これ程の「珍印」4種・7点中の3種・4点が時期を超え2軒の家の到着便に集中している。

さらに、大所高所論的に言うなら、戦前といえども明治憲法によって「信書の自由」は保証されていました。戒厳令とか臨時郵便取締令などの特別な法令を適用しない限り、郵便物の検閲は違憲行為だったのです。GANが空中楼閣的な検閲カバーを偽造するのだったら(そんなことはしませんが)、そういった法律に基づいたように装うでしょう。

今回の偽造犯はコレクター数人をだますのには成功しました。しかし、合計売上額はそう伸びず、もしかしたら、製作コストさえ十分には回収できなかったのではないでしょうか。ニセカバーを作るにも、相応の郵便史の知識が必要なのですね。かの「泰緬鉄道カバー」も、郵便史や戦史上の矛盾に応えられず馬脚を現した一例です。これについては、いずれ詳述しましょう。

追記(2016.09.11) これらニセ検閲印の出所が分かりました。某SNSの画像投稿サイトにこれらの印影が6年前に投稿されていたのです。
pixiv.png偽造者がこの画像を版下にしてゴム印を作り、手近な封筒に見境なく押して「珍品」を作っていたと思われます。

「たまや」なるハンドルネームの投稿者によると、「お遊びで検閲関係印のハンコを作ろうとして毎日新聞社刊『不許可写真』からトレースして集めた」ということです。「お遊び」はもちろん個人の自由ですが、SNSへの投稿となると意味がまったく違います。

まるで当局検閲済み資料を「さあ、どうぞ偽造して」と不特定多数の人に勧めているに等しい。常識をわきまえないおバカな投稿者がいたものです。現にこのような偽造者が現れてヤフオクで多数が高価落札されています。偽造者はもちろん詐欺犯ですが、投稿者も詐欺幇助罪に問われてしかるべきでしょう。
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2016年01月29日

大珍品?「XY2型」櫛型印

赤坂局.png佐久間大兄.png東京・赤坂局明治43(1910)年9月5日の櫛型印です。1月31日に終了するヤフオクに出品中の「乃木将軍直筆書翰」に添えられた封筒に押されています。C欄時間帯表示「前10-0」というところがこの印のミソ。なかなか面白い印影です。

一見すると、2時間刻みのX型櫛型印で良さそうなのですが、印影全体に何となく違和感がある。そう、まず第一に「前10-0」なんていう表示はありませんね。

時間帯の初めなら「0」ですが、終わりなら「12」と表示するのが櫛型印共通の約束ごと。この場合なら「前10-12」でないといけません。同様に、2時間刻みの午後なら「后10-12」であり、「后10-0」もあり得ません。

そもそも、2時間刻みのX型櫛型印、つまりX2型には「前10-12」という時間帯は存在しません。午前5時から2時間ずつ刻んでいくと、時間帯の始まりは次に7時、9時、11時……となり、10時から始まることはないのです。

それなら、午前8時から刻みが始まるY2型ではないか。Y型の使用開始は大正2(1913)年4月1日でした。「4日早いデータの更新」だとか「初日使用例が1日早まった」程度で盛り上がる消印収集「業界」のこと。「大正に入ってから」が常識のY型が明治43年に現われたら大騒ぎは必定です。

だが、ちょっと待った。確かにY型に「前10-12」の時間帯刻みはありますが、表示は「12」で「0」ではありません。当時の東京市内局の時間帯刻みは1時間では?の疑問は措いて、X2型でもY2型としてもこの印はアウトです。最終的に、年月日活字を初めとするフォントがいずれも既知の真正印と異なる「独創性」は救いようがありません。

GAN思うに、将軍の書状を偽造した犯人が「真実性」を強調したい余り、ニセの封筒にニセ消印までも作って押したのでしょう。そのサービス精神には同情の余地もありますが、しょせん消印は門外漢。複雑な形式の変遷や時間帯刻みの表示方法までは理解できなかったのでしょう。結局は墓穴を掘っただけ、というオチとなりました。
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2015年11月30日

惜しい! ニセ野戦局印

偽印..png
第2野戦局.jpgシベリア出兵第2野戦局のニセ満月印がヤフオクに出品されていましたが、11月30日夜、応札ゼロのまま終了しました。偽造消印と見破られたためというより、下値が8,000円と高すぎる設定だったからでしょう。欲をかきすぎた偽作者の「自滅」と言えます。

の田沢1銭切手に押されているのがそのニセ印、はGAN所蔵の真正印です。この野戦局の軍事郵便自体は駄物で、よほどきれいな消印でない限り500円でも売れないでしょう。しかし、切手に押されているとなると、とたんに「大」の付く珍品に昇格します。

第2野戦局の所在地はニコリスク・ウッスリスキーですが、この局の有料エンタイアはもちろん、オンピースでも単片でも切手上の印影は未発表です。GANの調査では第2野戦局が普通(有料)郵便を扱った事実はなく、切手上にこの印影があること自体がそもそもおかしいのです。が、それはまあ、一応おいておきます。

印影だけ比べて、ニセモノである証拠は片手ぶん以上を挙げることが出来ますが、ここでは2点だけ指摘しておきましょう。偽印()と真印()を見比べて分かる違いは、まず第1に、偽印の日付表示が「後点式」であることです。後点とは、年、月活字の後に点(ピリオド)が付く形式を指します。

櫛型印は一般にすべて月、日活字の前に点が付く「前点式」です。正規の後点式櫛型印がないこともないのですが、大正初期の機械印(林式初期印と平川式元祖印)だけと、非常に局限されています。日本の消印について無知なシロートが作ると、このような作品になるという典型例です。

第2の違いは「野戰局」の「戰」の偏に当たる「單」の字体です。旧字体としては「口」を二つ並べた偽印の方が正しいのですが、真印は「日」を横にしたように略しています。活字母型の彫刻を単純化したかったためでしょう。偽作者は真印をよく見ていないため、正しい字体で作ったのに結果的に間違う、という「痛恨の」ミスを犯してしまいました。

この2点はニセモノの証拠として致命的です。しかし、ハンコとしての偽造技術は、中国・上海あたりで作られたものらしく、なかなかのものです。真印と比べて初めて分かるような違いなので、下値さえ安かったら、うっかりだまされるコレクターも出たでしょう。切手を集めるにもハンコを集めるにも、郵便史的な知識が必要な所以だと思います。
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2014年04月08日

ニセ封筒付きの偽造書簡

NOGI-E01.jpg軍事郵便ではなく普通郵便に仕立てた乃木将軍のニセ手紙も市場に出回っています。画像は偽造した将軍の手紙に付けられた封筒の部分です。

今年1月29日終了のヤフオクに出品されたものです。書簡と封筒を軸装して「将軍自決7ヵ月前の真筆」という箱書きまで添えられ、¥79,761円で落札されました。

なぜ偽造書簡かというと、封筒の表裏に押されている2個の日付印がとても下手な作りのニセモノだからです。まず、表面の方の印ですが、見てすぐ分かるように、切手と消印がまったくタイ(to tie=連結する、つなぐ)していません。

NOGI-E02.jpg理想的には「赤坂局 明治45年2月9日」の消印が押された菊切手があればよかったのですが、コレクターでも入手は困難です。

そこで、消印が「45年2月」と部分的に押されている切手を見つけた上で封筒に架空の「麹坂?」局印を押し、両方を無理して貼り合わせようとしたのでしょう。

ところが、円周で合わせると日付欄の桁が合わず、桁で合わせると円周が合致しません。そもそも切手の桁の高さより封筒に押した印の桁の方を広く作ってしまったので、しょせん一致するはずもないのです。

NOGI-E03.jpg裏面の消印は広島局の着印のつもりで押したのでしょうが、稚拙な偽造印です。ピシッとした桁線の金属製真正印とは違って2本の桁がフラフラで、偽造ゴム印の味がよく出ています。日付数字もフォント、サイズともホンモノとはまったく異なります。

封筒の表面と裏面は別のものを貼り合わせています。裏面の方は乃木将軍のサインごと真正品の可能性があります。しかし、表面の方は運筆が全く異なり、明らかに別人の書体です。裏面を入手した偽作者が、これをネタにひと稼ぎ、と偽造書簡をでっち上げたのではないでしょうか。

仮に書簡(ここには示していません)がホンモノだとしたら、封筒を偽造する必要などないのです。書簡がニセモノだからこそ、少しでもホンモノらしく見せようと企んだことでした。しかし(幸か不幸か)、偽作者には郵便や消印の知識が全くなかった。余計なことをしたため、かえって馬脚を表すに至った典型例です。

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2014年02月12日

将軍の標準型ニセ軍郵

NOGI-2.jpg乃木将軍のニセ軍事郵便が今日またヤフオクに出品(画像は封筒部分のみ=クリックで拡大できます)されました。今回のは架空の「第三軍/第五/野戦局」印が押された、ニセモノとしては最も標準的なタイプです。

GANはさっそく出品者に「3月25日に将軍が旅順にいた事実は歴史上ないのではないか?」と質問をしておきました。前回にも書きましたが、明治38(1905)年3月25日だったら、将軍は奉天北方でロシア軍と対峙していたからです。果たして、回答はあるかどうか。

偽作者は野戦局印のようなものを押せばホンモノらしく見えるだろうと考えて、この「3軍5局」印を押したのでしょうが、逆にこれで墓穴を掘りました。こんな日付のない野戦局印など、もちろん存在しません。これが押されていたら、他がどんなに真正のように見えても必ずニセモノです。

今日までの研究成果によれば、3軍5局は3月25日には奉天北方の鉄炉舗にあったことが分かっています。旅順とは数百キロの距離があります。だいいち、将軍の3軍司令部に随伴した野戦局は3軍4局であって、5局は無関係でした。

さらに言うなら、表面右下の「第三軍司令部記録済」という朱角印、裏面封じ目の「検閲済」朱丸印は共に架空のもので、このような印が使われた事実はありません。仮に司令部で何らかの記録文書を発送するのなら、必ず「公用」と封筒表面に朱書(押印)する規定でした。

また、日露戦争で陸軍は原則として検閲しませんでした。特別の必要で検閲した場合でも、押す場所は必ず表面で「軍事郵便」表示の下あたり。裏面に押すことはあり得ません。それにしても、前線では神にも等しい軍司令官、いったい検閲などできる将兵がいたというのでしょうかね。

追記(2014.02.13) 本日出品者から回答がありました。「古いものであるため真贋の保証はしておりません。写真をご覧頂き、各自のご判断での御入札をお願い致します」。出品物に責任を負わないが入札は続行するという第2タイプです。商品タイトルに「陸軍大将・乃木希典肉筆書簡」とうたっているのは何なのでしょうね。

追記(2014.02.19) このニセ軍事郵便は昨夜38,900円で落札されました。真正品の相場からすれば3分の1~5分の1程度の「激安」です。上記GANの「質問」と出品者の「回答」が読めたことと併せ、落札者もニセと承知で買ったことは明らかです。どう使おうというのでしょうか。
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2014年02月01日

毎度、将軍のニセ手紙

NOGI.jpgヤフオクにまたまた乃木将軍のニセ軍事郵便が出品されています。「非常に貴重な肉筆書簡です」などと無責任にうたっていますが、歴史的事実からも、郵便史研究の成果を援用しても、偽造品であることが簡単に証明できます。

1、裏面に「旅順ニテ」「十月二十五日」と書かれていますが、将軍が日露戦期の10月25日に旅順に滞在していた事実はありません。明治37年だったら旅順はまだロシア軍が保持しており、将軍は外郭要塞群を攻めあぐんでいる最中でした。38年には将軍は奉天あるいはその北方の第3軍司令部に滞陣中で凱旋・帰国待ちでした。歴史的事実とエネルギー不滅の法則に反します。

2、表面に2個ある丸型「第三軍」の黒印はニセモノ専用の架空印で、実際に使われたものではありません。旅順から広島に宛てた軍事郵便なら押されているはずの野戦局の引受印と広島局の到着印がありません。

GANは出品者に第1点だけを指摘して質問を送っておきました。どう対応するでしょうか。これまでの例だと、出品を取り下げる、「専門知識はない。応札者に判断して頂く」とする責任回避型、回答もせず無視する確信犯--と3様でしたが。

「乃木レター」は筆蹟コレクターや有名人オタたちに根強い人気があり、ネットオークションにも出品が絶えません。しかし、GANがこれまで見た限りでは日露戦争の無料軍事郵便は100%ニセモノでした。前後の時代の有料郵便なら真正品も多いのに、日露戦期だけ無料軍事郵便のホンモノが出て来ないのが残念です。ただし、旅順攻略後のファンレターに対する返礼と思われる外国宛て有料(4銭貼り、3軍4局引受)はがきは真正です。

このニセ手紙は恐らく昭和初期頃に同一人が企画して大量生産したもので、今でも業界にたくさん出回っています。歴史認識がとても浅く、軍事郵便の知識などもちろんない時代だったので、こんな稚拙なものでも大手を振って通ったのでしょう。さすがに最近では「ババ抜きのババ」状態で、同一品でも出品者を替え素人狙いでヤフオクに頻繁に出品されています。

ちなみに、2012年9月18日放送の「なんでも鑑定団 in 長久手市」に出品され、有名鑑定士が80万円と評価した「陸軍大将乃木希典の書簡」もこれと同じニセモノ作品です。出品者ばかりか社会に誤解と迷惑を与えたこの鑑定士は無能を恥じ、謝罪すべきです。

追記(2014.02.05) この手紙は本日20,500円で落札されました。真正品の相場の1/5~1/10という安さですから、出品者も10人の応札者たちもニセモノと承知の上なのでしょう。出品者はついにGANの「質問」に回答しませんでした。上記第3のタイプです。
posted by GANさん at 11:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ニセモノ列伝 | 更新情報をチェックする