2014年02月19日

朝鮮局で扱う満洲辺地便

大栗子.jpg朝鮮の「満州国」との国境、鴨緑江岸の中江鎮局私書函に宛てた内地からの封書です。不鮮明ですが、京都市の「七條 15.8.6」の消印で引き受けられています。最近入手しました。

中江鎮は鴨緑江が最上流部で屈曲して最も北側(満洲側)に突き出した部分の江岸の小集落です。対岸の満洲側には地方都市の臨江(帽児山)があり、朝鮮総督府は中江鎮を重視して国境守備隊を配置し郵便局も開設していました。中江鎮局は臨江局との外国郵便交換局に指定され、希少な欧文印「TYUKOTIN」を使った局として知られます。

封筒の宛先の大栗子溝採鉱所ですが、所在地は中江鎮局管内ではなく、対岸の満州国通化省(元奉天省)臨江局の管内です。大栗子は地方都市の臨江から鴨緑江沿いにやや下った小集落でした。鮎川義介が率いる満州重工系の東辺道開発会社が採鉱所を設け、鉱石を運び出す軽便鉄道が臨江まで敷かれていました。

余談です。実はここは歴史上に名が残る集落なのです。1945年8月にソ連軍が満洲に侵攻した際、満州国皇帝溥儀は関東軍首脳と共に「決戦陣地」に用意された奉天東方の奥地・通化に避難しました。さらにもっと辺地のこの大栗子採鉱所まで逃れた末、8月18日に皇帝退位・国家解散を自ら宣言しています。大栗子は満州国終焉の地なのです。

通常なら、大栗子への郵便物はいったん奉天に達してから延々と奥地を南下し、はるばる鴨緑江岸に達します。この「奉天ルート」に対し、朝鮮の新義州から鴨緑江の南岸沿いに東進する「江岸ルート」。なるほど、中江鎮や満浦鎮対岸の満洲宛てなら、後者のルートがはるかに合理的で速達します。

満州国の採鉱所が河向こうの外国である朝鮮局に私書函を設け、毎日の郵便物を受け取る――。郵便管轄権がもとより異なるので普通はあり得ない事例です。日本と満洲国との特殊関係から許されたのでしょう。何らかの協定があったと思われますが、GANは未見です。

それにしても、これは内国郵便なのでしょうか、それとも日満間の国際郵便に分類すべきなのか? 悩ましいエンタイアを作ってくれたものです。
posted by GANさん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 植民地 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください

この記事へのトラックバック