2018年08月29日

看剱岳険不如於別山北峰

この夏は思い出に残る夏でした。没後50年の父の命日に仐寿の兄と2人で北アルプスの立山に慰霊登山をしてきたからです。父は大正時代末期の大学山岳部員で、遭難死した高名な大島亮吉とは同期だったはず。学生時代に登れなかった剱岳に終生の憧れを抱いていました。立山は全ルートで剱を見て歩けるのです。

今のGANよりもまだ若かった父の「荷物持ち」として、立山と後立山に2度同行しました。「あの急な岩尾根が源次郎」「カニの横ばいがよく見えるぞ」「大きく切れてるのが三ノ窓。隣が小窓だな」。兵役時代の重い「ガンキョウ(双眼鏡)」を持っていて、飽かず眺めていた姿が思い出されます。

今回は、後期高齢者もいいとこの2人パーティーなので、健常者の2倍の時間を見込んで行程を組みました。初日は立山黒部アルペンルート出発点の扇沢手前で高級ホテル泊まりです。新宿発中央線の夜行最終列車で通路に新聞紙を敷いて寝た学生時代の山行の対極。兄が「宿泊費は全部オレが持つ」とこの年して兄貴風を吹かせるので、乗らない手はないのです。

IMG_43582.jpg最大の難関は3日目、朝6時に一ノ越山荘を立って主峰・雄山(3,003m)へ垂直高300メートルの直登です。ただでさえフレイル(老年性筋力虚弱)なのに加えて極度の労作から狭心症が続発し、特効薬のニトロも効きません。最後の30メートルは見かねた兄がザックを持ってくれ、ゾンビ状態で頂上を踏みました(写真=中央GANの遙か後方左に笠ヶ岳、右側が薬師岳の山塊)。

ガイドブックの3倍、3時間もかかりましたが、いずれにせよ想定内です。ここまで登ればあとは稜線散歩のはず。大汝山(3,015m)、富士ノ折立(2,998m)、真砂岳(2,861m)、別山(2,874m)と、山荘で渡された弁当を開ける気力もなくへたり歩きました。縦走路上の別山から少しはずれて双耳峰をなす別山北峰(2,880m)にたどり着いた時は既に午後1時を回っていました。

別山北峰からは眼下の剱沢大雪渓を隔てて剱岳がフルオープンで真正面に迫ります。環境省にはナイショなのですが、実は剱と向き合う特徴的に平たい花崗岩の根元に父の分骨を埋納していました。前回は1988年だったので、気がかりにしていたお参りを30年ぶりに果たしたことになります。水筒の水で岩を清め、故人が好きだった銀座清月堂の金鍔と水羊羹を供えて二人で手を合わせました。

一ノ越から奇跡的にクッキリ見えた槍・穂高や笠ヶ岳の遠望、別山北峰で雲の切れ間から一瞬のぞけた剱岳源次郎尾根、そして雪渓を残して神秘な緑青色を湛えた室堂平のミクリガ池が印象に残ります。雷鳥にも両三度お目にかかれました。この山域を今後も再訪できるとは思えません。よい山行ができたことを、つくづく感謝しています。

(本稿タイトルは「剱岳ノ険ヲ看ルハ別山北峰ニ於ケルニ如カズ」とお読み下さい。インチキ漢文です。)
posted by GANさん at 22:13| Comment(2) | 雑観 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
別記事での丁寧なコメントありがとうございました。けど、こっちの記事も気になっていたんですよね。私も二十年くらい前に、同じルートを歩いたんですが、別山で見た劔山はさすがに感動しました。絶対に登ってやろうとは思わないまま、今に至っていますが、ここが山屋さんとの違いなのでしょう。
Posted by satoponda at 2019年09月15日 10:15
Satopondaさま、コメントありがとうございます。このコースは雄山山頂で初めて姿を見せた剱岳が進むにつれて雄大さを増し、最後に別山あたりで覆い被さらんばかりに迫るところが魅力ですね。とはいえ、昨夏の場合は虚血死寸前で、正直、景色どころでなかった。今年の夏に手術で心臓の大動脈弁を新品に換えたので、今後はややましかと。今度は風光にもふれた山行報告ができればいいなと、思ってます。
Posted by GAN at 2019年09月15日 21:55
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