2020年12月07日

大演習部隊への特別配達

演習地配達改5).jpg日本陸軍は日露戦争前から日中戦争前までのほぼ毎年秋、「陸軍特別大演習」を実施していました。天皇が統裁したので演習地に臨時の大本営が仮設され、「特別大演習/大本営内」の櫛型印や特印が使用されたことで郵趣家にはよく知られています。

1913(大正2)年の大演習は11月12~18日に名古屋地方で実施され、第3、9、15、16師団が参加しました。右のはがきは演習地にいる京都第16師団に属する歩兵第9聯隊(大津)兵士に宛て、ごく少数で大津の兵営に残って留守を守っていた同僚兵士からの発信です。
T2演習地配達-2.jpg
はがきは大津局で大正2年11月13日に引き受けられ、宛名は「名古屋郊外のどこそこ」といった地名ではなく、所属部隊の「歩兵第9聯隊」が書かれています。これだけだと差し出した大津兵営にそのまま配達されてしまいます。そこで、右肩に赤色鉛筆で「演習地配達」(左図)の書き込みがあり、これがミソです。

特別大演習に参加中の兵士に宛て郵便を出す際、アドレスはどう書いたら良いでしょうか。演習では地名も定かでない森林原野を数日間にわたって激しく移動展開するので、場所を指定しての配達は不可能です。アドレスは部隊名として部隊本部に一括して配達し、あとは部隊内で配る方法が採られました。

1912(大正元)年度の大演習が迫っていた10月22日、逓信省は公達第124号で「陸軍特別大演習参加部隊宛郵便物取扱手続」を定めました。郵便物には「演習地で配達」する旨の表示をする、これらの郵便物は所定の集中局に集める、集中局は聯隊規模ごとに区分して配達局に送る、などの内容です。軍事郵便の配達方式を参考にしたのでしょう。

これにより、「(大)演習地配達」表記のある郵便物は、法令上の根拠を持つ特別な取扱方法に拠っていたことが分かります。このような「演習地配達郵便」をGANはこの1913年度から1936(昭和11)年度までの数例で確認しています。
posted by GANさん at 22:54| Comment(0) | 軍事行動 | 更新情報をチェックする
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