2021年09月11日

札幌での米軍検閲解除印

札幌解除印田中 裏面.jpg札幌解除印田中 表面.jpg米占領軍の「大阪と福岡の検閲解除印」について2021年7月31日のブログで述べたところ、名古屋の田中茂氏から多くの貴重な資料のご提示を頂きました。そのうち札幌の検閲解除印について、同氏のお許しを得て紹介させて頂きます。

北海道での米軍検閲は、1946年から開始された当初は東京の第1地区民間検閲隊(東京検閲支局)まで運んで行っていました。これでは余りにも時間を空費するため、1948年12月6日に札幌に第4地区民間検閲隊(札幌検閲支局)が開設され、北海道の検閲を一手に担いました。

札幌検閲支局のいわゆる「金魚鉢」検閲印は名古屋型と東京型が混在していますが、検閲官番号が必ず14000番代なので、確実に区別することが出来ます。一方で検閲解除印についてはこれまであまり論じられることがありませんでした。

これについて田中氏は多数のエンタイアを実際に調べた結果、「札幌の検閲解除印は東京と同じ印(東京型=森・裏田氏のRC3)が使われた」という結論をお持ちです。上図に示した田中氏ご所蔵の速達書状がその一例です。昭和24(1949)年6月14日に札幌郵便局で引き受けられ、函館に宛てられています。着印はありません。

札幌解除印田中.jpgこの封筒の表面下半部に紫色の検閲解除印(左図)が押されています。タイプは東京型(RC3)です。北海道管内で発着しているので、引受地での検閲でも到着地検閲であっても、この解除印は必ず札幌検閲支局で押されたはずです。田中氏は札幌での検閲支局の新設を見越し、東京支局と一緒にこの印が発注された、とのお考えです。

それまでGANは「札幌では札幌型の検閲解除印が使われたのだろう」と漠然と考えていました。これまで知られている東京、大阪、名古屋、福岡の各検閲支局・分局ではいずれも独自に調達した解除印が使われていたからです。田中氏のこの新知見にはビックリしました。なぜ札幌だけ東京と同じなのか、理解できません。

東京型検閲解除印が押されていることについて、GANは「1949年以降も北海道の検閲郵便物は東京に送られ、解除印も東京で押されたのではないか」とも考えて見ました。しかし、これは非常に根拠に乏しい。はるか離れた札幌で、どうして東京と同じ解除印が使われたのか、宿題がまた一つ増えてしまいました。

posted by GANさん at 11:32| Comment(0) | 郵便検閲 | 更新情報をチェックする
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