2014年05月05日

最末期の米軍検閲カバー

MINER.jpg戦後、連合国占領軍(米軍)の開封検閲を受けたカバーです。上京局昭和24(1949)年10月13日引受の封書が翌10月14日に検閲されています。最末期の検閲例です。

米軍は日本占領直後の1945年10月16日から郵便と電報の検閲を開始したといいます。連合国軍総司令部(G.H.Q.)内に設けられた民間検閲部(C.C.D.)が担当し、東京、大阪、福岡、名古屋、札幌に検閲支局を置いて地区ごとに分担して検閲したことが明らかになっています。

米軍検閲は1949年10月末に終わっていますが、各検閲地区ごとの最終的な終了日は明確ではありません。GANの知る限りでは、最新データは昭和24年10月17日なので、このカバーはそれに次ぐ例です。

検閲印(封筒下部の赤色印=いわゆる「金魚鉢」印)の押捺方向と日付記入の表示方法から、この封書は第2検閲支局(大阪)で検閲を受けたことが分かります。検閲印を押された後、開封部はセロファンテープを使って再封緘されています。

福島鋳郎氏の「占領下における検閲政策とその実態」(『アメリカの初期対日政策*』所載)によると、第2検閲支局は大阪中央郵便局内に置かれていました。
*文末の追記兼訂正ご参照

郵趣界での米軍検閲の研究は、森勝太郎氏「占領下の日本に於ける連合軍の郵便検閲」(『切手研究会創立5周年記念論文集』所載=1955年)、裏田稔氏『占領軍の郵便検閲と郵趣』(1982年)によって深められてきました。

この封筒の検閲では検閲官番号として「C.C.D.J-12258」が使われています。両氏の調査によると、12,200番代は第3検閲支局(福岡)の検閲官に割り当てられました。検閲終了間近に、福岡から大阪へ検閲官の異動があったのでしょうか。他にこのような例は少なく、未解決の課題です。

占領期日本.jpg追記兼訂正(2017.04.15) この記事に対し本年4月6日に新井氏からコメントをいただきました。「本文中にある福島鋳郎論文を載せている資料を確認したい」というご照会です。改めて調べ直したところ、本文の下から3段目で「『アメリカの初期対日政策』所載」と書いたのは誤りでした。正しくは「『占領期日本の経済と政治』所載」です。

この本は1979年に東京大学出版会から中村隆英氏の編集で出版されました。12本の論文が収載されており、福島論文はその内の1編です。40年近く経過した今日でも米軍検閲に関して最高の学術的業績を保つ基本文献と思います。本件については飯塚博正氏から多大のご教示をいただきました。感謝します。
posted by GANさん at 23:32
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