2014年05月18日

演習場廠舎内の瀧河原局

瀧河原-11.jpgは静岡県駿東郡玉穂村(現在は合併して御殿場市の一部)の滝河原局で引き受けられた書状です。この局はなかなか興味深く、また問題の多い郵便局でもあります。

旧陸軍の富士裾野演習場(現在は陸上自衛隊東富士演習場)滝ヶ原廠舎内に大正5(1916)年7月6日に無集配局として開設されました。「廠舎」は現在の「兵舎」「営舎」などに相当する軍隊用語です。

田舎には珍しい構内局で、その上、定期開設局(季節局)でもありました。軍事訓練や演習のために滞在する兵士に利用させるためなので、開局するのは演習が行われる毎年5月から11月までの7カ月間だけでした。降雪で演習のない冬季と春先は閉鎖され、局長が兼務の御殿場局で管理していました。

告示の上では、昭和6(1931)年4月から集配も始めました。瀧河原-2.jpgさらに、昭和11(1936)年10月からは通年開設に切り替わったことになっています。富士登山道の県道に面して出入り口があったので、地元の民間人も利用できたと思われます。

問題というのは、局名表示です。告示では一貫して「瀧河原」ですが、地元では「滝ヶ原」です。発音も「TAKI-GAWARA」ではなくて「TAKI-GA-HARA」なので、告示が誤りと思われます。しかし、開設時から戦後の移転改称時まで「誤り」が正されなかったのは奇妙です。

また、無集配当時はともかく、集配局となってからもこの局の日付印がほとんど出現しないのが不思議です。滝ヶ原廠舎から兵士が発信した多くの郵便物に押されている日付印は例外なく御殿場局です。瀧河原局はどう集配していたのか、疑いたくなります。

上の書状は東郷4銭と厳島30銭を貼り、静岡・滝河原局で昭和15(1940)年3月18日に引き受けられた軍事航空便です。局名表示はやはり「瀧河原」で、「滝ヶ原」ではありません。普通書状ではなく特殊取扱の「航空」だったから押印された可能性も残ります。

この滝河原局は戦後、演習場が米軍に接収されたのに伴って廠舎内から移転して「玉穂局」と改称し、現在も御殿場局管内の無集配局として存続しています。
                    ☆
この画像は以前にJPS御殿場支部の会報に掲載されたことがあり、同支部の梶雄寿氏のご好意で転載させていただきました。
posted by GANさん at 23:41
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