2021年01月13日

薄絹式肉汁浸出型丸一印

インク浸出印2.jpgかなり退色したりよごれがついて見栄えの悪い菊紐枠はがきですが、右下に押されている到着印「京都局明治32年1月27日ト便」は「インク浸透式」丸一印です。ヤフオクで落札し、きょう到着しました。

このインク浸透式丸一印は片山七三雄氏によって報告されました。一いちインクを付けず、中から出るインクだけで押印する仕組が「シヤチハタ印」に似るとして、この名で呼ばれます。1888(明治21)年に導入された丸一印ですが、近年最大のトピックスとなりました。

明治から昭和期にかけて活躍した郵趣家で逓信省の役人でもあった樋畑雪湖によると、1898(明治31)年に新潟県の沢田喜内が「肉池(スタンプ台)要らず」の日付印を発明しました。樋畑は大臣の直命で採用の可否を調べ、次のようにその経緯を説明しています(『日本郵便物特殊日附印史話 附押印肉と押印能率の研究』、1938年)。
構造は普通の手押日附印に異ならざるも印軸の中枢に薄めたる印刷インキを貯蔵し、それが活字の間隙を透して押印する度毎に適度に注出され印面にはインキを平均浸潤せしむる為めと之れを調和塩梅する役目として薄絹に耐久用の薬剤を塗布したものを覆ふてある。
丸一印は局名と一体となった金属製丸枠の下部半円内に、黄楊つげや水牛角製の日付活字3、4個を植字する構造です。印には棒状の取っ手(印軸)が付いています。沢田の発明は印面直上の印軸内にインクタンクを埋め込んだことでした。重力と押印時の衝撃によって活字の間のわずかなすき間からインク(肉汁)が滲み出て印面に補給します。

これだけでは印面全体に適量のインクが行き渡らないなど補給にムラが出ます。この問題を沢田は印面を薄絹で覆うことで解決しました。滲み出たインクは薄絹の繊維の糸目を通じて均等に伸びるというアイデアです。絹の耐久性に即座に疑問が出るところですが、「薬剤の塗布」で乗り切ったようです。どんな薬剤だったのかまでは分かりません。

押印作業をすべて人力に頼っていた当時としては、確かに作業効率の上がる画期的な発明と言えるでしょう。樋畑は上記の本の中で、ほかにも多数の機械化、省力化の試みがあったことを記しています。しかし、沢田の提案は採用されませんでした。インク補給を調整出来ず、実用に耐えられなかったからです。
郵便局の窓口或は鉄道郵便車の乗務員等をして実際に使用して見たが肉汁浸出の調節が素人には思ふ様に行かぬ所から結局採用不能となった
これら樋畑の記述を実際のエンタイア上に初めて見出したのが片山氏でした。このテスト印は記述どおり明治31年末期から32年にかけて試用され、京都、名古屋、横浜局や東京横浜間の鉄道印などで相次いで見つかっています。消印カタログが書き換えられ、日附印の構造や材質に調査が進められる契機となりました。インク浸透式2.jpg

初めに示したはがきの印を拡大して観察すると、規則的な絹の織り目が印象されていることが分かります(右図)。しかし、文字以外の本来は空白であるべき部分にまで絹目が一面に出て、さらには周辺や裏面のインク汚れも目立ちます。鮮明な黒白の印影を期待できない構造的欠陥であり、確かに採用は無理でした。

ところで、メーカーによると、インク浸透印(シヤチハタ印)の最大の特徴は、印面のスポンジ状多孔質ゴムにインクを含ませられることです。「浸透」とは印材の中にインクが「浸み込んでいる」こと、あるいは印面が絶えずインクに「浸っている」状態を意味します。この多孔質ゴムの製法が特許になっているようです。

対してこの丸一印ではインクは「浸透」せず、活字間のわずかな隙間から「漏れ出る」だけです。敢えて言えば「滲出しんしゅつ」で、「浸出」も同じです。このさいGANは調査官・樋畑に敬意を払って「薄絹式肉汁浸出型丸一印」の名称を提案します。略して「薄絹浸出印」、または「薄絹印」で十分ではないでしょうか。この印の特徴を端的に表せると思います。

posted by GANさん at 18:58
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