2021年03月13日

占領地郵便史を論じよう

ソロ市.jpg太平洋戦争中、日本軍は南方の占領地で郵便を管理・監督または直接運営しました。しかし、「南方占領地郵便史」は戦後4半世紀を経た今日に至っても「概論」どころか「序論」すら発表されていません。

昔は富岡昭氏が『日本の占領切手』(1965年)を書いて大略を示しました。その後、「南方切手のすべて」を余さず書き尽くすという題だけは大層な本も出ましたが、富岡氏の域を出ず羊頭狗肉でした。世に「南方占領地の専門家」を自称する日本人は多いというのに、この点はいったいどうなっているのでしょうか。

まったくの部外者であるGANでも言えるのは、大筋を見失っていることです。多種多彩な加刷切手とそのエラーやバラエティー、更にはニセカバーにまで目を奪われているからでしょう。カタログで台切手と加刷型とのキリのない組み合わせリストなど示されてもサッパリ面白くありません。各地域ごとの不統一性に振り回された挙げ句、「ゴールポスト(収集の完結地点)」がどこかすら見えないのです。

「占領マライ」とか「占領ビルマ」などというおかしな表現が南方切手で幅をきかせています。前の語が後を修飾する日本語で「占領するマライ」では意味をなしません。「躍進マライ」「新生ビルマ」などと比べれば誤用は明らかです。「日本軍占領下のマライ」「占領されたoccupiedマライ」を一語で表したければ、正しくは「被占領マライ」でしょうに。

「正刷切手」も同じく南方切手世界だけの伝統的「業界用語」です。「加刷ではない」という意味のようですが、切手は加刷しない方がむしろ当たり前で、そんな日本語は元もとありません。こういった言葉遣いを平然と続けて不思議とも感じない。他を顧みぬ「ガラパゴス郵趣」の残渣とでも言うほかありません。

南方占領地の郵便史をもし書くことになったとします。GANだったら、この地は①拡張された日本郵便系と②現地(たとえばマライ)郵便系、そして日本郵便系の一部とも言える③日本軍事郵便系と3種の郵便系が重なり合った圏域であるとの理解(史観)を根底に置きます。各郵便系の推移を解明し、相互の関係を述べることになるでしょう。

この「郵便系」の概念は郵便史の収集家・研究者なら無意識のうちに必ず頭の中に置いています。「なぜこの料金の切手が貼られているのか」を考える前提、大原則だからです。GANは近く発行される某郵趣誌で郵便系を根拠に一群のカバー類のニセモノ論を開陳しました。紙幅の都合で舌足らずに終わりましたが、郵便系論の初の実践応用と自負しています。

最後になってしまいましたが、冒頭のはがきは、1944年に内国料金でジャワに宛てており、拡張された日本郵便系と現地郵便系との複合例です。従来の南方切手論ではこの説明は出来ません。もちろん、日本郵便系と日本軍事郵便系、日本軍事郵便系と現地郵便系との複合例も存在します。詳しくは後刻、再論したいと思います。
posted by GANさん at 02:20
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