2021年05月18日

哀惜・丸一印の田中さん

田中寛.JPG丸一型日付印収集と研究の第一人者として知られる田中寛さん(=2012年の切手研究会総会で)が4月29日に逝去されました。正しいお名前は「ゆたか」だったかと思いますが、だれからも「カンさん」で愛され親しまれていました。少し年長の収友であり、同じ日本郵便史の研究仲間として、もう半世紀ほどのお付き合いをいただいて来たので、本当に残念です。

田中さんを再認識したのは、彼の処女作である『たて書丸一印考』(右下=1975年、むさしスタンプ)を贈られ読んでからです。それまでは、都心のデパートで毎年数回開かれる切手市に並び、開店ダッシュで切手商ブースまで競走し合う、単なる常連同士に過ぎませんでした。

目指すブースには絶対に一番乗りせねばなりません。運悪く新着エンタイアの束を田中さんや、やはり常連の秋吉さんらに先に抜かれたら、もうクズ同然となってしまうからです。一段落後は近くの喫茶店に移って戦果を誇示し合うのが常連同士の楽しい慣例でした。

たて書丸一印考.jpg当時の消印党は、丸一印も含めて二重丸印から櫛型印まで、形式上の違いの分類に終始していました。国名か都市名か、年号や局種をどの欄にどう表示するか、などです。分類形式をABCなどのラテン文字や数字、カッコ類などの組み合わせで記号化し、詳細・複雑なほど「高級」とされました。その悪しき典型例を最近ではJPSの『日本郵便印ハンドブック』(2008年)に見ることができます。

丸一印は郵便用の横書き印が本流です。為替事務用の縦書き印は格下の「非郵便印」としてひと括りにされ、不人気でした。田中さんは敢えてその「傍流」に着目したのです。郵便法制上の取扱の変遷を克明に追い、それが消印形式の変化に忠実に反映されていることを豊かなコレクションの実例で明かしました。消印の変化やバラエティは法制や運用上の変更による地方的編年として説明できることを初めて実証した点に、この本の画期的な意義があると思います。

中野の料理屋の二階に大勢の収友たちが集まって出版祝賀会が開かれました。GANは指名されて田中さんの地道な研究が本になった意味について、つい熱を入れて語ってしまったことを思い出します。「郵便史的消印調査方法の教科書」「消印研究のコペルニクス的転回」などと言ったかも知れません。こういう仕事こそGAN自身がしたかったことなので、「先にやられた」と、ちょっぴり悔しく感じたことも白状しておきます。

本筋の(郵便用)丸一印については、後に雑誌『フィラテリスト』での連載を『丸一印の分類と楽しみ方』(1986年、日本郵趣出版)としてまとめ、田中さんの代表作になりました。今日でも丸一印収集のバイブルとして丸一印人気に大きく貢献していることは、丸一印の収集家・研究者ならだれでもご承知の事実です。

GANはついに門外漢に終わりましたが、田中さんは小判でも菊切手でも二重丸でも丸一印でも、何時のどの地方の使用状況でも知っていて、聞けば惜しみなく教えてくれました。偉大な物知りだった頼れる収友を失って、これからは心細くなります。寂しいです。
posted by GANさん at 01:02
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